都合の悪い自分

私たちは誰でも自分にとって都合の悪いことからは目を背けようとしてしまいます。これはもう人間の本能であると言ってもいいかもしれません。

人間に限らず、動物でも都合の悪いことを無視してみたり、忘れようとすることはあるみたいですね。子供の頃に飼っていた犬の目の前にお菓子を置いて、「おあずけ」といって席をはずしてしまいます。

そうすると、彼はしばらく「おあずけ」の命令を守っているのですが、そのうちには我慢ができなくなってそのお菓子を食べてしまいます。

戻ってきて彼の様子を見てみると、食べてしまったお菓子のことはまるでなかったかのようなそぶりをするのです。

あれ!「おあずけ」にしておいたお菓子は?と言ってお菓子を置いておいた場所を指差すと、僕は知らないよというような態度をします。

それがおかしくて、そういういじわるを何度もやって遊んでいたことを思い出します。犬でもそうですから、人間が都合の悪いことを見ないようにするのは当然なのでしょうね。

都合の悪いこととは、自分は駄目なやつだということを感じてしまう自分のこととか、感じると苦しくなってしまう感情そのものなどを指します。

都合の悪い自分、都合の悪い感情、それは認めたくないこと、認めるのが辛いことともいえると思います。

そのほかにも都合の悪い自分というのがあります。意外かもしれませんが、多くの人にとって素のままの自分というのはかなり都合が悪いのです。

一昨日のブログで書いたサバイバル状態で生きている子供の意識にとっては、無邪気な自分、何も考えずに素でいられる自分というのはとても都合が悪いのです。

無邪気な自分を出してしまったら生き延びられないと思い込んでしまっているからです。だからこそ、その都合の悪い無邪気な自分は癒しを進める途中でもなかなか出てきてはくれません。

その自分にOKを出せるようになると、かなり癒しが進むのですが簡単ではありません。そして最後の誰にとっても最も都合の悪い自分というものがあります。

それは、本当の自分、愛の塊である満たされた自分の姿なのです。これこそが一番今の自分にとっては都合の悪い自分なのです。

そのことに気付いていくことこそが究極の癒しの道なのです。

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