平安か戦いか その2

私たちは心の底では平安を求めています。それは平安こそが本当の幸せだとどこかで知っているからです。でも残念なことにそれを手に入れようとして戦いをし続けて来てしまいました。

戦うということは勝ち取るということですね。ところが、いくら戦って勝ち取ったとしても、それは必ずあっという間に打ち砕かれてしまうのです。

だからこそ、延々と戦いの歴史を繰り返しているということですね。そのことに、本気で気づかなければならないと思います。

平安を求めるということは、危険から自分を守ることを意味します。それを防衛と呼びますが、その防衛のやり方が今までは戦いであったということです。

戦いによって自分を守ろうとする行為は、それがどれほど正当なものであったとしても結果は平安にはならないということです。

戦いとは攻撃を意味しますから、相手を攻撃しておいて真の平安を手に入れられるはずはないからです。そして攻撃による防衛は、益々自分を危険な状態へと追いやってしまうのです。

コースでは、戦いによって平安を手に入れようとする防衛法ではなくて、全く危険のない真の防衛法によって、平安を手に入れられると教えてくれています。

その防衛法とは「許し」です。許しだけが、攻撃を使わない唯一の防衛法だということです。ただ、残念ながら私たちはその方法が自分を防衛できるとはまったく信じていません。

許しなどという悠長なことを言ってる間に、悪意のあるものに騙されたり、脅されたりしていたのでは到底自分を守れないと信じ込んでいるからです。

確かにここは難しいところですね。それは自分を守ることは身体を守ることだと思っているからです。身体こそ自分の主体だと思えば、そうなってしまうのは当然とも言えます。

でも本当の主人は身体ではなく心です。心は攻撃ではなく、許しによってのみ癒されて、その結果として本当の平安を手に入れることができるということです。

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