三つの生き方 その4

昨日の続きです。

この数日に渡って、人の生き方には概ね三種類の生き方があり、それは心の癒しと共に次のように変化していくということをお伝えしました。

つまり、③(自己犠牲を強いる生き方)→②(自己愛ベースの生き方)→①(私心を手放した生き方)ということです。

そして、この③→②→①という推移については、それほどはっきりとしたものではなく、場合によっては、それぞれの間を行ったり来たりするものだということもお伝えしました。

さて、ここで①が究極の生き方なんだろうかということについて、書いていかなければなりません。というのも、それ以外の生き方があると分かったからです。

正確に言えば、それは単純に「生き方」という言葉ではうまく説明することができないものです。そして、何よりも大切なことは、③→②→①のその先に到達するのではないということ。

つまり、③の状態にいる人でも、②の状態であってもまた①であろうとも、そういった現実レベルの生き方には影響されることのないものだということです。

それを、「○」(ゼロ)であらわすとしたら、③⇔○、②⇔○、①⇔○ということになります。つまり、③→○のように、移行するものではなくて、それぞれの生き方と同時に体験するものなのです。

この「○」(ゼロ)の状態とは、自分の本質に気づくということであって、③~①の生き方とは独立した体験であるとも言えます。だからこそ、同時に成り立つわけです。

ただし、「○」(ゼロ)とう自分の本当の姿に気づく体験は、③→②→①という変化を促進することにとても大きな影響を与える可能性があると思っています。

つまり、通常の癒しの作業に比べても、とても早い生き方の変化を導くものだということです。なぜなら、「○」(ゼロ)とは、元々自分とは無であるという気づきだからです。

③~①が人としての自分の生き方であるのに対して、「○」はすべてを受容する真の自己への気づきだからです。 みなさんとご一緒に、「○」への気づきについて見る体験を分かち合っていけたらいいなと思っています。

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