完璧な舞台装置

私たちは自分で作り上げた物語ばかりに熱心で、その舞台装置の完璧さに気づいていない。もしも、少しでも気づくことができると感謝で胸がいっぱいになる。

以前、初めてダグラス・ハーディングさんの本を読んだときに、その感覚がやってきてびっくりしたのを覚えている。

クルマを運転していて、流れる外の景色や他のクルマや通行人たちをながめているときに、はっきりとこれすべてがプレゼントだという実感がやってきた。

そのときは、しばらくその感覚が続いたが、結局いつまでも続くことはなくとても残念な思いをしたものだ。

それは私たちのマインドがそこに気づかないように、物語の方に巻き込まれていくようにと常に促してくるからだ。

それが思考であり、感情だ。思考は常に洪水のように押し寄せてきては、この完璧な舞台装置に目がいかないようにしてくる。

このことに気づいたときに、まずあらゆる体験が邪魔していると感じた。それは何もしないでいるときのほうが、確実にあの感覚に近づいていることができるからだ。

しかし、実際は体験が悪いわけではない。物語の中でその体験を作っては巻き込んで行こうとするマインドのなせる業なのだ。

だから練習次第では、どんな体験をしていても完璧な舞台装置に気づいていることができるようになるはずだ。

そしていずれは、その完璧な舞台装置こそ本当の自己なのだと気づくことになる。いや舞台装置を生み出している源泉だと分かるはずなのだ。

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