体験談その5(胎児期退行)


 29歳女性。両親との微妙な関係が気になっており、それを改善しようとこの5、6年間自分なりにしてこられたのですが、現在の表面的なものはかなり楽になってきた分、過去のより深い部分を見る必要性を感じておられました。大きなトラウマと呼べるものはまったく心当たりがないということでしたので、ゆっくりとセッションを重ねていくことになりました。


 両親との関係をセッションで見ていくにあたって、胎児期も試してみよう、という話になりました。私はいつも怒ってばかりの機嫌の悪い父親と、いつもつまらなそうな顔をしている母親を子供の頃から見ていたような気がしていました。

「今どこにいるのかな ?」
「ママのお腹に入っているの。5ヶ月。」
「どんな感じ?」
「しーっ。あのね、パパとママは本当は男の子が欲しかったんだけど、私は女の子でしょ?だから、ばれないように大人しくしているの。」

 胎児期の子供に、なぜこのようなことが分かっているのでしょうか。しかし、お腹の中にいながら私は親たちの動向を見守りつづけていました。 自分が女の子だということが分からないように、ずっと声をひそめて話します。

「じゃあ、時間を進めて生まれるところまで行ってみようか」
「うーん、いいけど…でもね、私どうしようかな、もう産まれなくちゃいけないんだけど、女の子だからねえ。どうしよう、やめようかな。」
「まだ迷っているの?もう産まれるのに?」

 私は生まれたくない気持ちから、なんと医師が来るのを意図的に遅らせたのです。看護婦が初産だと勘違いしていつまでも医師を呼びに行きませんでした。結果的には間に合ったものの、あと少し遅れたら何らかの障害が残ったかもしれないというところで分娩されました。 時間を進めて、家に行ってからのことを見てみました。

「パパがママに何か言って怒ってる。」
「パパはどうして怒っているのかな。訊いてみてくれる?」
「うん。…パパはねえ…私が訊いたら後ろを向いちゃった。」
「どうして?」
「あのねえ、パパは私が怖いんだって。」
「どうしてなのか訊いてみて。」
「うん…あ、だめだ、もっと後ろ向いて、泣き出しちゃった。」
「泣いちゃったの?どんなふうに?」
「んん?後ろ向いて、手をついて泣いてるの。こっちに来るなって言ってる。」

 私は赤ちゃんの格好で、父親の後ろから肩に手をかけ、励ましていました。見ている大人の私自身、なぜこのようなことになっているのか分かりません。 退行が終わって、しばらくはこの退行の意味がわからないままでしたが、私はふと父親が自分を恐れている意味がわかったような気がしました。

 まず、生まれる前に男の子が欲しいと口に出していたことへの罪悪感かもしれないということ。もうひとつはどういう恐れなのかは分かりませんが、これまでの父親との関係を思い出すと、父が自分をどこか腫れ物に触るように接していたことが思い出されるのです。 確かに父はいつも気分屋で、私は彼がいつ怒り出すのか怖かったし、私が泣くまで彼がさせたいことを無理やりやらせたりしていました。でも、いつも怒りながら私をきちんと見ていたわけではなくて、ある程度まで私を泣かせるとどうしてよいのか分からないといった様子でその場を逃げ出すようにいなくなりました。

 そのような時、私は泣きながら父がなぜ怒っているのか分かっていたような気がするのです。彼は自分の人生がうまくいっていないことに腹を立てていて、辛かったのでしょう。だから、私は敢えて父が怒るときに本当の反抗まではしないで、父が望むような反応―泣き出す―をしていたという意識があります。ただそれでも謝るのだけは納得がいかないし、自分を欺くことにもなるのでしませんでした。こうしたいきさつを考えると、父は「こいつは俺の考えていることが分かっている」とどこかで認識していて、ある一線を超えて私の内面に入ってくることはできなかったのかもしれないと考えられるようになりました。それが彼の私に対する恐れなのかどうかはまだよく分かりません。

                     *  *  *

 それから2ヶ月ほどして、私は3年ぶりに帰省しました。父は実家から車で1時間ほどの駅まで迎えに来てくれました。その車内ではどのような話をしてよいのか私は戸惑っていました。それに、私は昔から父の運転が苦手で、ずっと車酔いに悩まされていたのです。セラピストから借りたレスキューレメディ(注)のお蔭もあるのでしょうが、不思議なことにその時は車に酔いませんでした。そして実家に滞在していた 4日間、父親との会話はまったく苦痛がなく、むしろ母親と時間を過ごすよりも彼と過ごすほうが居心地がよいと感じるほどでした。

 「ほら、お前が昔お姉ちゃんが学校の遠足に行ったもんだから自分も遠足に行きたいって言っただろう。あのときに連れていったどんぐりの道、覚えてるか?あそこのすぐ上に大きな公道が通っちまってな。今は台無しだよ。何もあんなところに道を作ることはなかったのに。」 父は突然こう話して、いっしょに行かないかと促しました。結局滞在が短かったので行けませんでしたが、私はこの思い出話に、父の自分への愛情を感じました。さらに驚いたのは、父親が素直に思い出話をしたり心情を口にしたりしたことだけでなく、私自身が父の言葉をすんなりと受け入れてお互いの愛情を認められたことでした。

 これは単に私が大人になったために起こった心理変化の結果なのでしょうか?そうとは言えなさそうです。やはりどう考えても、催眠での父との対話が二人の関係を変えたと言うほかないでしょう。変えたというよりも、これまでとはまったく違った視点を与えて、心理的・エネルギー的な心のもつれをほぐしていったというべきかもしれません。 すぐにまた帰省するかというとそれはあまり気が進まないけれど、今度帰省したときには父と一緒にどんぐりの道にいってみようかな、と考えています。

 : レスキューレメディ・・・38種類の野の花や草木の波動をとった母液を体内に取り入れることで、心と身体のバランスを取り戻すシステムがバッチ博士(1886-1936)のフラワーレメディです。そのなかの5種類のレメディを組み合わせたのがレスキューレメディで、緊張を強いられたりショッキングな出来事に遭遇したときなどに数滴口に垂らすなどして使います。