身体との同一化はしぶとい

生においてもっとも重要なことは、自分は身体ではないと知ることだ。それは、痛みから、苦しみからの途方もない自由をあなたに与える。苦しみが消え失せるわけでも、痛みやガンがなくなるわけでもない。それはそこにあるが、あなたがそれに自己同一化することはなくなる。

by osho

自分が身体ではないということを知っているという人は、今の時代には沢山いるのかもしれません。

スピリチュアルという言葉が流行ったりして、物理的なことよりも目に見えない精神世界に意識が向きやすい時代というのもあるのでしょうね。

けれども、本当に自分は身体ではないと気付いている人がどれだけいるかは怪しいかもしれません。

というのも、私たちはお腹が痛いとか頭が痛いというときに、その痛みは自分のものだと勘違いしがちだからです。

もしも身体との間に距離があるのなら、そこに◯◯な痛みがあるとなるはずなのです。痛みとの距離もできるからです。

あるいは、夜寝る前に今日一日の自分を思い出そうとするとき、きっと身体が何をしたかということを思い出すはずです。

駅まで歩いて、電車に乗って、誰かと待ち合わせをして…という具合に。これはすべて身体がどう行動したかを示していますね。

身体ではないのであれば、自分は身体を含めたあらゆる物事をただ見つめていたはずなのです。

もしくは、観照することには時間経過という感覚が薄れてくるので、一日のことを思い出すことが難しくなるかもしれません。

私たちは自覚できないままに、まだまだ身体との同一化が取れるところまでいっていないということに、気づく必要があるのでしょうね。

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