真理は究極のシンプル

この世界はとても複雑にできているように見えます。けれども、真理は非常に単純だということを聞きます。それはどういうことでしょうか?

自我(思考)というのは、そもそも物事を複雑にしてしまうのです。なぜなら思考とは解釈するものだからです。

たとえば、目の前に背の高い木と背の低い木があるとします。それをあるがままにただ見るなら、それはいたってシンプルです。

ところが、あの木の方がこっちの木よりも背が高いと解説してしまえば、そこから複雑さが始まるのです。

それなら、他の木と比べたらどうだろう?ということが起きてきて、一生かかってもすべての木の高さを比べ終わるということはありません。

このように思考は必ず、ものごとを複雑にしてしまう名人なのです。逆に言えば、思考はシンプルなものを捉えることができません。

だから、真理である「無」に対して、思考はどうすることもできずお手上げ状態になって、思考停止となるわけです。

そうやって、思考の騒々しさが消えた瞬間に、隠されてきた静かなハートが「無」をそのままに理解するのです。

私たち一人ひとりが自分の人生をもっともっとシンプルなものにしていくことができれば、それだけみんなが真理へと近づくことになるのですね。

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