生への執着を見る

私たちは多かれ少なかれ生に対する執着を持っています。それを責める必要もありません。なぜなら、それが自我の特徴だからです。

自我の仕事が自己防衛であるのは、生への執着からくるものだと思っても間違いではありません。

生への執着は、惨めさの回避と言い換えることもできます。なんとかして、自分は惨めなんかじゃないというところへ持って行きたいのです。

人によっては、自分はいつも死にたいと思っているので、生への執着もないと判断するかもしれませんが、それは間違いです。

確かに生への執着は、死にたくないという強い思いを発生させるのですが、もしもあなたが本当に生への執着がないのであれば、防衛はなくなるはずなのです。

死にたい願望は、生への執着の裏返しだと思えばいいのです。どれほど頑張っても、生きやすくならないし、惨めさが消えることもないので自分でいることを放棄したいと感じるだけなのです。

それも防衛の一つなのです。生への執着が消えたなら、生きたいという願望も、死にたいという願望も、どちらも消えてしまうことになるでしょうね。

3 Replies to “生への執着を見る”

  1. ご意見をお聞かせください。
    この世はプラスとマイナスでバランスが取れているのですよね。
    そうすると、引き寄せの法則などで言われるプラスばかりを引き寄せることは不可能で、いずれマイナスなことが返ってくるのでしょうか?

    プラスばかりを望むのもやはり執着なのかなと。
    身体も心もどうにもならないバイオリズムのようなものがあると思うのですが…。

    1. おっしゃる通りだと思います。プラスを望めば、マイナスもその裏側にくっついてくるのです。自分の身に(都合の)良いことが起きたと思うなら、それと同じだけの(都合の)悪いことが一緒についてくるのです。

      一番素晴らしいのは、プラスとかマイナスという判断が小さくなっていくことです。プラスでもマイナスでもない、ちょうどど真ん中(これを非二元とか不二一元論とか言う)で生きることですね。

  2. ご意見ありがとうございました。
    引き寄せの法則にはまだまだしんどくなると惹かれる時があり笑、それでも何か納得がいかず疑問に思っていたのでお聞きしたかったのです。
    私自身、もうなんだっていいやぁ、生きるって色々あって大変だなぁら面倒くさいわぁって言えるようになった今が生きてる感じがするなぁと思います。
    なんでも総じてマル!ですよね。
    ありがとうございました!

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