過去の惨めさを思い出してあげる

もしもいじめられている子を見かけたら、きっと可哀想にと思うかもしれませんが、決して惨めだなとは思わないのです。

それは、惨めさというのは期待値との落差だからですね。つまり、自分以外の誰かに対する期待値がないのが普通なので、そこに惨めさが起きないのです。

自分自身に起きることに対しては、意識していてもいなくても必ず何らかの期待値を持っているものです。

だから、自分自身に対しては時として惨めだと思うことがあるのです。特に、子供の頃というのは誰でも不自由さの中で生きているので、惨めさをよく知っているはず。

ところが、それがあまりにも辛いと感じると成長するにつれてそれを他人事のようにしてしまう場合があるのです。

そうすることで惨めさから解放されるからです。勿論過去の自分を思い出して可哀想だとは感じるのですが、それでも惨めだという思いよりはマシなのです。

これがもっと極端になって、重症化してしまう場合もあるのです。あれは自分ではなかったとして、別人格にしてしまうことがあるのです。

それがいわゆる多重人格、今では解離性同一性障害などというモノモノしい名前がついたりします。

すべては自分を守ろうとする自己防衛から起きるマインドの働きだと言えます。あれもこれも自分だったと受け入れて、過去の辛さを引き受けてあげられるといいですね。

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