合理化について

 クライアントさんとお話している間に、急にクライアントさんがボーっとした感じになったり、すごく眠そうな態度になったりすることが頻繁にあります。それは大抵私がそのクライアントさんに気づいていただきたいなと思っている事柄をお話ししているときです。明らかにその話は聞きたくないよって身体全体で表現しているように感じます。そう言うときに質問をしても何となく曖昧な返事しかしてもらえなくなってしまいます。クライアントさん自身は、聞きたくないという自覚はないのですが、心のどこかで拒絶をしているということです。

 なぜこのようなことが起きるかというと、動物としての人間には自己防衛本能というものが備わっていて、無意識のうちにその機能が活動するのです。そして、自分が辛くなるような場面、自分にとって都合の悪いことが身に起きると、そのメカニズムが自動的に発動してその場を何とか切り抜けようとするのです。そのためには持っている能力を総動員してその難関を避けようとします。それを合理化と呼びます。

 合理化の代表的なものの一つは、感覚の一部を麻痺させることで防衛しようとするものです。例えば家族や職場の人に毎日毎日小言や罵声ばかり浴びせられている人は、突発性難聴になったりします。これは聴覚を麻痺させて嫌な言葉を聞かずに済まそうとする合理化です。そうやって辛いことから逃れようとするのです。

 冒頭書いたクライアントさんが異常に眠くなったり、ボーっとした感じになるのも、話を理解することを妨害するために潜在意識が行っている合理化です。表面意識では、話を聞こうとしていますので、本人には何で急に話しが頭に入ってこなくなるのか理解できません。このように、元々合理化は自己防衛機能ですから、本人の役に立つものであったはずなのですが、それはあくまでもその時々限りの防衛方法であるために、自分の人生にとっては不利益になってしまう場合もあるのです。

 授業中にどんなに一生懸命先生の話を聞こうとしても、眠くなってしまってどうしようもなくなって、聞くことが出来なくなった経験は誰でもあると思います。また、職場で上司の指示を注意深く聞こうと思っていても、何だか頭が働かなくなって説明が理解できなくなってしまうといった経験はないでしょうか?そう言う場合、自分は元々理解力がないのだと思ってしまったり、あるいは集中力がなく注意散漫になる自分を責めてしまうかもしれません。

 しかし実際にはそう言う場合でも、合理化が働いているのです。どちらの場合も相手の話を聞きたいという理性とは反対に、感情を支配する潜在意識のレベルでは相手のことが嫌いだったり、話の中身に興味がなくて聞きたくもないと感じていると、なんとかして聞かないように身体を使って自分に強いるのです。潜在意識のそういった力が強いと、どうしてもそれに勝つことができません。

 上で見てきたように、感覚を麻痺させることによって合理化するのとは別の合理化の一つとして、自分の理性をコントロールすることによって、自分の言動を正当化させてしまうというものがあります。知性を持った人間である自分を騙すのですから、この方法はかなり巧妙だと思います。

 例えば、クライアントさんに対していくつかの癒しのワークを毎日やってみて下さいとお伝えすると、難しいことではないにも係わらずやっていただけない場合が多いのです。出来なかった理由を聞くと、やる時間がないくらいに忙しかったとか、忘れてしまっていたとかいう内容の苦しい言い訳をされるのです。

 ご本人はそれが苦しい言い訳とは感じていないのです。確かに本当に忘れてしまったり、寝る時間がないくらいに多忙であれば、言い訳として成立するのでしょうけれど、なぜそんな簡単なことを毎回忘れてしまうのか、あるいは本当に数分の時間を割く余裕もなかったのかを御一緒に見ていくと、そんなことはないということにハタと気づくのです。

 クライアントさんの潜在意識の中に、癒しを進めることに抵抗している者がいると、何とかして癒しのワークをやらせないようにしようとしてきます。この時、自分を癒したいと思っているクライアントさんの理性の部分である表面意識を欺くために合理化を行い、実際には言い訳にはならないような稚拙な理由でも、やれなかった自分を正当化してしまうのです。そのためにやれない自分を不思議にも思わないでいられるのです。結果として、まんまと癒しの作業をストップさせられてしまうことになります。

 また常日頃、知的で理路整然とした言動をすると評価されてるような人でも、自分のこととなるとどうも曖昧な表現になってしまったり、とても癒しが進んでいると思われている人がびっくりするような心の傷を持っていたりしますが、それでも本人は気が付かないのです。合理化によってその部分は上手に棚上げされてしまうのです。

その他、過去のいやな記憶を消してしまい、思い出せないようにすることも代表的な合理化の一つです。このように見ていくと、私たち人間はいついかなる時でも、絶え間なく何かの合理化をしながら生きているということになります。そしてそのことが本当の自分を自ら隠してしまい、気づくことが出来ないようにしてしまうのです。自分の身に起きていることを合理化することで、都合のいい解釈をしてしまい、あるがままを受け入れることをしないまま生きていくのです。

 このように自分を守るために行っている合理化なのですが、それを継続してやってきてしまったために危機的な状態に陥ってしまった人が沢山いらっしゃいます。例えば、毎日とても辛いことがあるのに、合理化によってその辛さを感じないようにして生きてきた場合です。本人は辛いという感覚が麻痺しているので、我慢をしているという自覚のないままに生活しているのですが、心の奥ではキズを負い続けてしまうのです。しびれた手のひらは熱さを感じないので100度に熱した石でも握ることができるのですが、火傷してしまうのと同じです。我慢しないで下さいと言っても、我慢している自覚がないのでその辛い状況から逃れようとしないのです。セラピストにとってはこれが一番の難題なのです。

 癒しの第一ステップは自分の本当の感覚や気持ちに気づくことです。そのためには合理化している自分に気づき、それを止めていくことが必要なのです。ではどうしたら合理化に気づくことができるのでしょうか?

 あるクライアントさんに職場で何かいやなことはありませんか?と聞いたときに、分からないということでしたので、どんな些細なことでもいやなことがあったらそのことをすぐにノートに書き留めるようにしてみてくださいとお願いしたことがありました。それを試してくれたご本人によると、やり始めて30分もしないうちにノートの一ページが埋まってしまったとのことでした。つまり、合理化によって日頃気づかないうちにずっと我慢や無理をしていたわけです。そのようなことを続けてしまうと、知らぬ間に自分の心をひどく傷つけてしまうのです。

 上の例のように、ノートに書きとめるという単純なことでも試してみると、比較的容易に自分のやっている合理化に気づくことができたりします。また俗に言う内観法というのもとても効果があります。心静かにして常に自分の言動をよく見つめてみるということです。日頃何気なくやっている行為や癖、ふと漏らした言葉などにヒントが隠れていることがあります。

 うすうす気が付いていたという言い方をよくしますが、それは本当は気づいていたのに気づきたくなかったために合理化が働き、見つめることができないでいたということです。どんなことでも平等に見つめようとする意識が大切かもしれません。例えば自分がこんな感情を持っているはずはないと思ってしまうと、そこに合理化が働いて沢山の怒りを溜めているとしても気が付かなくなってしまいます。どんな感情を持っていようと当然なんだと思うことです。

 そのようにして、なるべく意識してあるがままの自分を見つめてみることを続けていくことによって、知らずにやっていた合理化に気づき、そこから自分の人生の路線をより幸せに向けて変えていくことができるようになります。一日一回でいいですから、自分はどんな合理化をしているんだろうと見つめてみて下さい。きっと癒しの糸口が見つかるはずです。



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