本質の意識について

 人は生まれてから死ぬまでの間に数え切れないくらいの学習をします。初めは這い這いしたり、歩くというような基礎的なことから、徐々にお母さんはこういう人だとか、家族の中でどのようにしたらうまくいくのかといったような複雑なことまで学んでいきます。しかし、生まれてすぐに誰も教えてないのに、赤ちゃんは泣く事や、お腹が空いたらおっぱいを吸う方法を初めから知っているというのも事実です。いわゆる本能というものですね。先日テレビの番組で、お母さんのお腹の中にいる間に、赤ちゃんが指しゃぶりをすることでおっぱいを吸う練習をしているというのを知って驚きました。

 生物としての進化の過程で本能というのが必然的に備わってきたと考えられますが、本能というと一般的には比較的単純な能力を連想されると思います。しかし、生まれながらに持っている能力として、本能のような基礎的なものだけではなく、実はそれとは全く次元の違うくらいに膨大な知識を人は生まれながらにして持っているのではないかと言ったら驚くでしょうか?今回のコラムでは、そのことについて説明していきます。以前にも使った意識の図を再度見てください。この図の中で原始の意識と書いてあるところが本能に当たる部分だと思って下さい。そして、一番下の部分に本質の意識と書いてあるところがありますが、そこが今回のテーマの中心になる部分です。

 そこには、肉体に命が宿ったその時から膨大なそれこそ山のような情報が詰め込まれていると感じています。その情報は、いわゆる本を読んで得られるような知識としての情報というよりは、途方もなく長い間かけて経験してきたことから得られる知恵、あるいは叡智と言った方がいいようなものなのかもしれません。知識というのは、ただ単に情報を知っているということであり、知恵というのは経験だったり、洞察だったりというものが多く含まれていると考えられます。しかしだからといって、はるかかなたの先祖から継承しつづけてきたDNAの中にその情報があるということでもないように感じています。

 例えば心静かにして、その意識と繋がるようにして相手が言ってることに耳を傾けてみると…、
−本当は愛しかない
−不公平ということはない
−正しいも正しくないもない
−善も悪もない
−現実を起こすのは自分
−本質の意識は究極の意識の一部
など、見つめているといろいろ浮かんできます。実際にそういう言葉が聞こえてくるわけでは勿論ないのですが、どうもそういったことがそこに書かれているように感じるのです。そして最近では、一番中心となる言葉は、どうも『怖れを味わいなさい』というものらしいのです。自分の表面意識がしっかりと本質の意識と繋がっていないために、〜らしいというあやふやな表現になってしまいますが、怖れを味わうことによって愛を深く理解することができるようになるよと言われてるように感じるのです。

 カウンセリング・セッションの中で、クライアントさんのお話をお聞きしながら、自分が感じることをお話しているうちに、気がつくと自分でもはっとするようなことを言っていることがよくあります。そんな時実は自分が発した言葉なのに心の中でなるほどなと感銘を受けてしまったりもしていて、そういったことを覚えておいてコラムに書いたりしているのです。実際、読み返してみてコラムの内容の1割くらいは読んだ書物や人から聞いたことが混ざっていると思いますが、残りはほとんどがセッション中に自分の口をついて出た内容なのです。そして、想いを幼いころに巡らしてみると、何となくそのころから分かっていたことなのではないかという感覚にもなるのです。

 ただ、少し成長して自我が発達してくると、そういったことよりも毎日の生活の方に気持ちを奪われてせっかく繋がっていた叡智の塊りを見なくなって行ってしまったのではないかと思うのです。コラムを読んでいただいたクライアントさんから、よく同じようなことが本に書いてありましたよと聞かされることがありますが、実際に本を読んでいない自分はどこからこの情報を得ているのかということを見つめているうちに、本質の意識というものがあるのではないかということにたどり着いたのです。そしてなぜ、同じようなことが書いてある本があるのかといえば、やはりその著者の方々もご自身の本質の意識と繋がることで、そういった本を執筆されているのではないかと思うのです。

 結局、本質の意識は、それぞれの人の心の奥にあるものではありますが、より深いところではどこかで一つに繋がっているように感じます。だからこそ似たようなことが書かれている本があったり、講演などで似たようなお話を聞くことがあるのではないかと思います。このこともそこに書いてある気がするのです。繋がったその先は一体どこへ行くのかということですが、もっともっと巨大な宇宙そのものの意識みたいなものに行き着くのかもしれません。いずれにしても、そんな膨大な叡智を持っていて使わないで生きてると考えたら、何ともったいない話だろうと思いませんか。

 本を沢山読んで知識を身に着けて、それを武器に生きていくこともできますが、本当に困ったときには元々持っている本質の意識と繋がって、そこに書いてある知恵を授かればいいのです。どんな本を読むよりも、きっとその時のあなたにとって最適な知恵をもらうことができるはずです。本質の意識と繋がるためには、表面意識との間にある信念や溜め込んだ感情をできるだけ開放して、下から上がってくる情報を遮らないようにしてあげることが必要なのです。そしてもう一つ大切なことは、受け取ったものを信頼するということです。これはきっと自分自身を信頼するということにも繋がることなのかもしれません。

 もしも受け取った情報が、信頼できるところからのものなのかどうか迷ってしまうというような場合には、一つだけ見極める方法があります。それは、その情報が自分のエゴとどこかで繋がっていないかどうかを見てあげることです。本質の意識から上がってくる知恵は、人間のエゴに根ざしたものではないはずだからです。もしかしたらそれは自分の中にある信念とは相容れないものである場合が多いかもしれません。その場合、どちらを優先して生きようとするかは、あなたが決めることなのです。

 心を楽にして、深くリラックスするように心がけて、心の奥を見つめてみて下さい。繰り返しているうちに、きっと何かの気づきが上がってくるはずです。それをそのまま受け入れて生きていくことができたら、自分の人生が全く今までと違うものに変化していくかもしれません。すべての人の心の中にある膨大な叡智と繋がって、できるだけ多くの人がそれを活用して生きていくことができたら、きっと世界はまた違った姿になっていくのではないかと思うのです。



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