火事場の馬鹿力について

 高校生の頃に、友人の家が火事になってしまった時、普段であれば到底一人では動かすことのできない大きくて重い机を、一人で移動させてしまったという話を聞いたことがあります。いざとなると、人間は計り知れない力を発揮できるということですね。潜在能力の7割程度しか、通常は使っていないということを聞いたこともあります。100%の力を発揮してしまうと、筋肉や骨、筋などを痛めてしまうために、脳が自分の身体を守るために制限しているということなのでしょう。

 このことは筋力に限ったことではなく、人間というのは、追い詰められた時に思いも寄らぬ勇気が出たり、今までできなかったことができるようになったりもするのです。例えば、敵に追われて断崖絶壁まで詰め寄られてしまったら、自分の命を助けるためにたとえ高所恐怖症であったとしても飛び降りることができるかもしれません。『窮鼠猫を噛む』という言葉も同じような意味合いで使われています。ただ逃げているだけの弱者のねずみでも、本当に追い詰められると猫に反撃して噛み付くこともあるということです。まさに命がけという状態では、大変な勇気が出てくるのでしょう。

 水泳の練習で、ただただ長距離を泳がせられるというのがあります。それは、単に体力を向上させるというだけではなく、体力の限界すれすれで泳がされることで、それまで不必要に入っていた身体の力などが抜けて、自然と効率よく泳ぐことができるようになったりするのです。スポーツに限らず、自分を追い詰めることで、それまで気づかなかったことに気づくことができたり、何か新しい方法を発見してひとつ上の自分になれたりもします。なんだか同じことの繰り返しばかりで無駄なことをしているのではないかと思えるようなこともよくありますが、実はその繰り返しの中に思いもよらぬ効果があったりするのです。

 人間の五感についてもきっと100%の能力を普段使ってはいないのです。それは、脳が脳自身を五感からの刺激に対して守ろうとする機能なのではないかと思うのです。これは様々な状況でよく経験することがあります。例えば、あまりにうるさい工事現場などに長くいると、徐々にその騒音に慣れてくるといったことがあります。大きく不快と感じる音の刺激から、自らを守るために聴覚から入ってくる信号をコントロールするのです。日常の生活の中では、それほどの鋭敏な感覚を使わなくても問題ない感度レベルというのがあります。そのレベルと、脳が疲れない程度の感度とのちょうどいいバランスのところまで感覚は抑制されているのです。

 しかしなんらかの理由によって心のバランスがくずれると、この制御がうまく働かなくなってしまい、必要以上に感覚が鋭くなってしまうことがあるのです。電車の中で遠くにいる人の話し声がはっきりと聞こえてしまったり、いつもなにげなく聞いていたほんのちょっとの生活音が異常に大きく聞こえてしまったりすることがあります。夜静かな場所で瞑想しているような時に、ほんの些細な物音がするだけでも、びくっと身体ごと反応してしまうこともあります。もっと深い瞑想であれば五感を遮断することもできるのでしょうけれど、ちょうど神経が研ぎ澄まされた状態になると、このようなことが起きてきます。

 心の問題についてもやはり同じようなことが言えるのではないかと思うのです。たとえどんなに苦悩が大きくても、ひどく過酷な精神状態に突き落とされたとしても、人間というのはそこから自分を脱出させることができる非常に強力な能力を隠し持っているのです。普段はその力の使い方が分からないばかりか、そんな力を自分が持っていることすら気づかないでいるために、いろいろな本を読んでみたり、人から勧められた評判のいいものを試してみたりするのですが、なかなか思ったように問題が改善されることはないのです。

 しかし、何か切迫したような出来事が起きたり、重篤な病気になったり、自分が精神的にも肉体的にも追い詰められた状態になると、心理的な火事場の馬鹿力的な能力が発動して、危機から自分を救ってあげることができるのです。私の場合には、大きな病気をしたことがきっかけとなって、自分の人生を見直してみようという強い気持ちが出てきたのです。そのおかげで、セラピーの道に進むことができたのです。自分がやってきた仕事以外の経験のない40代のサラリーマンが会社を辞めてまったく別の世界に進むというのは、一般的にはとても大きな勇気を必要とすることなのではないかと思われがちですが、実は決してそんなことはなく、ごくごく自然の成り行きのままに自分の人生を変えることができたのです。

 こうして考えてみると、究極のセラピーは何かというと、本人が行き着くところまで行かせてしまう、つまり放っておくということなのかもしれません。そのまま突き進んだ結果、限界を迎えたところで火事場の馬鹿力にスイッチが入って自然と癒しの作業が開始されたりするのです。しかし、そこまで追い詰められることは決して楽しいことではないし、二度と回復できない何かを背負ってしまうこともあるはずです。病気や怪我を治すために手術をすれば、肉体につけられたメスの跡はもう消すことは出来ません。当然のことながら、そこまで追い詰められる前に自分を救ってあげることができる方がいいに決まっています。

 つまり、追い詰められて追い詰められて、限界に近づく以前に如何にしてその潜在能力を発動させることができるかということがとても重要なことなのです。私の知る限りにおいて、その最善の方法とは、できるだけ強く心の底から決意するということです。間違っても心の底から願ったりしないことです。願うという行為は、願望を叶えてもらおうとする依存心の表れなので、潜在能力は決して発動することはありません。自分の力で、自分を変えるということを強く決意することがとても大切なのです。

 その決意表明は強く思えば思うほど、しっかりと心の奥にまで届いて、隠し持っていた強い力にスイッチが入って、極限まで追い詰められたのと同じような状態になることで、今までいくら努力してもなし得なかった自分癒しを押し進めていくことができるようになるのです。このようにして、人は結局自分の力をフルに利用することさえできれば、必ず自分の人生を好転させることができるはずなのです。そして、その固い決意はいついかなるときにでもできることなのです。今日にでも、深く静かに自分を変えるという決意をしてみて下さい。しっかり決意できていれば、知らず知らずのうちに大きな変化のうねりの中に投げ込まれることになるでしょう。



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