事実の記憶と感情の記憶

 日々メールや電話でセッションについてのお問い合わせがある中で、時々「催眠を使っていやな記憶を消すことができますか?」という内容の質問を受けることがあります。確かに誰でも辛く苦しい過去の記憶を消して、なかったことにできるならどんなに楽だろうと思った経験は一度くらいあるかもしれません。恋愛相手から突然別れを宣告されて、心が打ちひしがれたようになってしまって、なかなか心の痛手が消えないような時、相手と過ごしたすべての記憶を消したいと真剣に思うことがあるかもしれません。団体競技などのスポーツ選手が、自分の犯した痛恨のミスでチームが負けてしまったような場合に、いつまでたってもそのことが心のしこりになって自分を苦しめているような時、やはりなかったことにしたいと思っても当然かもしれません。

 しかし、仮に催眠を使った暗示効果によって、ある特定の記憶を消すことができたとしても、実は本質的にその人の人生が楽になるわけではないのです。そのことを理解していただくためには、記憶について少し詳細に見ていく必要があります。元々、嫌な出来事というもの自体はないということは分かるでしょうか?ある体験をした時に、そこで起きた事実とその時に感じた感情とがあって、嫌だと感じているのはその感情の方だけなのです。起きた出来事そのものは単なる事実であって、そのことに嫌ということはありません。

 分かりやすくするために極端な例をあげると、家族の誰かが交通事故に巻き込まれて亡くなるのを至近距離から目撃した経験があったとしても、これは単なる事実であってこのこと自体に意味はありません。問題はその時に心の中に湧き起こった強烈な恐怖や悲しみなどの感情がとてつもなくいやなものなのです。その苦しみの感情がいつまでもしこりとなって、悪夢を見たり、思い出すたびに悲しくなったりするのです。つまり我々は起きた事実に翻弄されているのではなく、その時に自分の心の中に発生した感情に右往左往させられているということです。記憶から消したいというのも実は、この感情の記憶の方なのです。

 さてここまで整理した後で、先ほどの催眠によっていやな記憶を消す場合の話に戻します。そもそも記憶を消すと言っても、脳の中から記憶情報を削除するということではなく、記憶情報へのアクセスができないようにすることを記憶を消すと言っているに過ぎないことにも気づく必要があります。つまりまとめると、催眠によっていやな記憶を消すということは、その時の事実の記憶と感情の記憶へのアクセスができないようにする、思い出さないようになった状態と考えることが出来ます。この状態を想像すると、確かに表面的にはいやなことを思い出さないわけですから、何事もなかったかのように平静に過ごすことができると思われるかもしれません。

 しかし、実際にはそうはいかないのです。もう一つとても重要なことに気づくことでその理由がはっきりしてきます。それは事実というのは単なるデータとして記憶されているのですが、もう一方の感情というのは、ある種のエネルギーあるいはパワーと捉える必要があるのです。起きた事実を記憶としてしまう場所は確かに脳かもしれませんが、感情の貯蔵庫は脳ではないと感じています。そのために過去の事実としての情報を脳から記憶として取り出す、つまり思い出すということをできないようにしても、感情のエネルギーは身体のどこかにそのまま保存されているため、様々な問題を引き起こすことになるのです。

 脳には、その時の事実をデータとして記憶しているだけでなく、その時に湧き起こった感情のエネルギーがどこに貯蔵されているかというリンク情報も多分記録されているのだと思います。そのため、事実の記憶を思い出さなくなってる状態では、確かに感情へのリンクもできない状態ですから、事実を思い出すことによって感情が湧き出てきてしまうということからは開放されるかもしれません。しかし、何度も言うように感情はパワーなのです。脳に記録されているリンクをたどらなくても、その存在を何となく人は感じてしまうのです。それは例えて言えば、大食した後、その記憶を一時的に消されたとしても、お腹がいっぱいではちきれそうだということを感じられるのと同じです。

 溜め込んでいる感情が大したものでなければ察知することはできませんが、催眠で消したいとまで思うくらいに大変な感情なわけですから、そのエネルギーも相当なもののはずです。ですから大食した後の胃袋のように感じてしまうのは当然なのです。そしてその溜め込んだ感情のエネルギーは、相当な圧力の中で抑圧されているために、いつでも開放されたいと思っているのです。そのために、何かのきっかけを見つけると思わず出てこようとしてしまうのです。さきほどの家族の事故を目撃した例の場合だと、何かしら似たようなちょっとした怖れを感じるような出来事に遭遇すると、どこからともなく瞬時に忘れていたあの時の感情が突き破って出てこようとするのです。

 普段とても大人しい人が、急に激昂したりして、周りの人も本人も驚いたりすることがありますが、これも同じメカニズムである可能性が高いのです。本人はなぜ自分が急にそんなに怒りを爆発させてしまったのか分からないのですが、実は過去の忘れている体験で溜め込んだ強烈な怒りの感情が、本人の意志とは無関係に出てきてしまったということです。このようにして、催眠なり何なりを利用して、体験した事実を思い出さないようにできたとしても、感情というエネルギーが消えない限り、本人の日々の生活に多大な影響を与えることになってしまうということが言えるのです。

 本人が思い出すには余りにも過酷過ぎるような感情を溜め込む経験をすると、防衛本能が働いて自動的にその事実を思い出せなくさせる場合もあります。それは、解離性健忘、いわゆる記憶喪失と言われるものがそれに相当します。ひどい場合には、その事件だけの記憶にとどまらずに、自分の名前や生い立ちなどの情報も思い出すことができなくなるケースもあるようです。このような記憶喪失の場合でも、思い出さなくなったからといって、本人の人生が満ち足りた幸せなものになることはありません。それは今までの説明の通りなのです。

 同様に、大抵の人は幼少期の体験の中で、思い出したくないいやな感情を味わった経験を記憶から自動的に消して生きているのです。記憶喪失ほど病的ではないにしても、似たような事をほどんどすべての人がやっているのです。催眠療法のセッションの中でその事実を再体験して、溜め込まれていた感情も味わって開放することで、身体のどこかの部位に固着していた感情のエネルギーが減少して、少しずつ穏やかな心の状態に戻っていくことができるのです。

 以上のことから、いやなことを忘れて生きていこうとすることは、その場しのぎに過ぎないことにはっきりと気づくことです。そして、できるところからもう一度見つめなおして、溜め込んできた感情を味わって、感情のパワーを小さなものにしていくことが大切なのです。そうすれば、過去どんなことを経験していようと、そのことが自分の人生を苦しいものにすることはなくなってきます。何を思い出しても、感情に翻弄されることが少なくなってきます。そればかりか、自分のエネルギーが軽い気持ちのいいものに変化していき、満ち足りた心地よい毎日を送れるようになってくるのです。



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