天国と地獄

 幼い頃に、まだ柔らかな心の中に刷り込まれた戒めの中で一番鮮明に残っているのが、「いい事をした人は天国に行き、悪い事をした人は地獄に落ちる」というのがあります。今でもこの言葉は消えることなく、どっしりと心の底にあるのが分かります。勿論、使わないようにして生きてはいますが、完全になくすことはできないのかもしれないですね。

 この戒めを絵本か何かで読んだ時に、天国がどのようなところだったかはあまり覚えていませんが、地獄の有様はかなりはっきり覚えています。私が覚えているのは、煮えたぎっている血の海だか川に突き落とされて、あまりの苦しさに気絶すると、またすぐにふっと意識が戻って、その苦しみの中で悶絶し、気絶しては意識を取り戻し、これを永遠に続けるというものでした。

 幼い頃の私はあまり素直な子ではなかったのか、きっといい子にさせようとして大人がでっちあげた作り話だと考えていました。ただ、悪いことをすると、自分の身によくないことが起こるかもしれないという形で心の中に残ったのです。しかし、私は大人になって、いつしか自然とこの戒めに対する感覚が変化してしまったのです。

 それは、地獄に落ちるというのは客観的な事実ではなく、地獄に落ちているという夢を見ているに過ぎないのではないかという感覚です。 この戒めは死んだ後の話ですが、生きている間でも、自分は本当に生き地獄のような毎日を送っていると思っている人々がいます。しかし、彼らはただ地獄のような生活をしているという夢を見ているに過ぎないと感じるのです。

 地獄かどうかは分かりませんが、我々は大なり小なりなんらかの苦悩を抱えながら生きているものです。肉体的な問題であったり、精神的な重圧や苦悩など、人によって千差万別です。そしてどうやったらこの苦しみから抜け出すことができるのか、日々考えながら生活しているのです。そして、その苦悩から抜け出すことができたらきっと幸せな人生になると信じているのです。

 私たちはその苦悩の中に閉じ込められていると考えているのですが、実はそういった夢を見ているに過ぎないと思えるのです。しかも自分が作った夢のストーリーをただ繰り返し夢の中で続けているに過ぎないということです。我々が日常的にベッドや布団の中で見ている夢は、寝ている間に自分が引き起こしたものであることは疑いようがありません。

 仮に、隣人が立てた騒音によって、その音に関連した夢を見たとしても、夢自体を作っているのは自分の脳であることに違いがないことを知っています。自分が作っていることを知っていながらも、その夢の中ではそれが夢であるという自覚を持つこともなく、辛い思いをさせられたり、あわてたり、逃げ惑ってみたり、誰かに殺されそうになったりしているのです。

 自分の夢の中の意識としては、その夢の内容に翻弄されているだけで、自分が創作したなどとは全く感じることができません。しかし、実際は自分の潜在意識が必要に応じて夢の内容を創作して、自分自身に体験させているのです。それがどんなにいやな夢であっても、地獄のような体験であってもです。このことは誰でも知っている事実です。

それと同様に、我々が人生の中でもがき苦しんでいるのも自分自身が創作したある種の夢の中でのことなのです。その夢の中で何かのテーマを持って、繰り返し様々な悲劇を演じているに過ぎないのです。自分が必要に応じて作った夢であるとも知らずに、人に裏切られたり、誰かをののしったり、自分は被害者だとしてその悲劇の主人公を上手に演じているのです。

 通常、我々は夢の中でこれは夢なのだと認識することはできませんね。しかし、ある種の訓練をすることによって、夢の中で夢であることを自覚することができるようになると聞いたことがあります。それは、ルシッド・ドリームと呼ぶそうですが、私は詳しくないのでもしご興味があればご自身で調べてみて下さい。

 ただ直感的に分かるのは、夢の中で夢であることの自覚があるのですから、例えば怖い存在に追われてとても危険な状態であったとして絶対に大丈夫という自覚ができるわけですし、どんなに辛い状態に追い込まれたとしても、悠々としていられるということです。何があっても所詮は夢の中での出来事だという自覚があるのですから、こんなに楽なことはありません。

 そして、夢であることをもっと能動的に利用することだってできてしまいます。例えば、F1パイロットになってワールドチャンピオンになることもできるでしょうし、大金持ちになって世界中に豪華な別荘を持つことだってできるのです。勿論空を飛びたいと思えば飛ぶことだってできるのでしょう。夢であることを自覚するからこそ、何でも可能になってしまうのです。

 つまり夢の中で夢であることを自覚できるということは、その夢の中で無限の自由を与えられたことになるのです。全く同じことが人生についても言えるのではないでしょうか。我々はただ夢の中で、自分が創作した悲劇を演じているだけだと気づくことで、無限の自由を手にすることができるということです。その悲劇を続けていく自由もあれば、全く違う慶びに満ちた人生に変えていく自由もあるのです。

 何しろ自分が作り続けている夢を見ているだけなのですから。その夢の中で自分は何をしたがっているのでしょうか?文句を言い続けたいのか、誰かに謝ってもらいたいのか、苦しみたいのか、ただ単に楽しみたいのか、夢の中では思いのままにすることができるのです。そして実際我々はやりたいことをこの夢の中ですでに実現し続けてきているのです。是非、そのことに気づいて自由な夢の中の人生を思う存分堪能して下さい。



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