あなたに光を当てれば、あなたによって光を遮られた場所は影になりますね。子供のころから、自分の影が自分にくっついてくることを知ってもいます。
影のことを誰もが知っていながらも、影は決して実在すると思っている人はいません。それは勿論、存在ではないからです。ではなんと表現すればいいのか?
それが現象ということです。影とは現象の一つなのです。たとえば、あなたの肉体はこの世界の中に実在としてあるのですが、影は単なる現象だというわけです。
それと同様の関係性が、真実とこの世界の間にも成り立つのです。この世界という実在は、本当は真実から見れば影のような単なる現象に過ぎないのです。
真実からみれば、実在するのは真実のみであって、その真実という源泉から現象化して顕われているこの宇宙、この世界、あなたの肉体や思考などのすべてが現象なのです。
この世界は実在ではなく幻想だといういい方がありますが、それの本当の意味はこういうことなのですね。幻想というと、ニュアンス的に強すぎるのですが、影のような現象と言えばもっと近い感じがします。
私たちのこの世界のあらゆる場所に雲隠れしている神は、実は隠れているのではなくて、私たちの思考がそれを隠してしまっているだけなのです。
神という真実、神という本質はいついかなる場所であっても、そこに厳然として在るということは、現象としてグルグル活動している思考から抜ければ、瞬時にそれに気づくことになるのです。
単なる現象に対して、あなたや私がこの世界で生きているという解釈を思考によって作り、その中で暮らしている限りは、神を直接体験することはできません。
思考を脇に置いて神を捉える時、あなたは自分こそが真実の神であるという直接体験をするのです。それは大それたことではなく、ごく普通の当り前の体験に違いありません。