高級ワインの味わい

今日久しぶりに、ちょっと高級なワインを飲みました。久しぶりと言っても、もうかれこれ15年くらい経つのでしょうか。サラリーマンを辞めてからは、全く飲まなくなっていたのです。

それが時を経てあらためて飲んでみると、確かに美味しいのですが、でもただそれだけなのですね。残念なことに、自分の中でその体験がもう、特別なものではなくなっていたのです。

あれほど大好きだったのに、今日も同じように美味しいと感じているのに、そこには以前のような何か深みのようなものを感じることができなくなっていました。

それで、よくよく感じてみたのですが、本当は当時もきっと今とそれほどの違いはなかったのではないかと思うのです。でもそれでは、もう毎日が満たされなくて、何かでその穴埋めをしなければならなかったのでしょう。

その心の穴埋めの一つが高級ワインだったのだと思うのです。今は、何か特別なことがなくても日々満たされているので、自分をことさら欺く必要がなくなったのですね。

そうやって、自分の内面をあるがままに見るようになって、ようやくはっきり気づくことがあるのですが、それは本当に必要なものは決して外側にはないということです。

どれほどのものであっても、自分を本当に満たせるものは外側にはないのです。一過性の気休めや、興奮の類はいくらでもあるのですが、それはいくら飾り立てても、色褪せて見えるのです。

それに対して、内側を見ることは比べるべくもない時間を超えた素晴らしい体験なのです。一度その例えようのない奥深さを知ってしまうと、それが圧倒的過ぎるのです。

フランスのポイヤックの畑で大切に育まれた宝物のような葡萄から出来たワイン、そのありがたい複雑な風味も瞑想の一呼吸には及ばないのですね。

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