無選択という選択

私たちが自由と呼ぶもの、それは自分の好きなように何かを選択することができるということです。誰かに遠慮したり、何かに気を使ったりせずに自分の気持ちを優先して選択できるということ。

実は、私たちが日頃何かを考えているときというのは、大量に空間を漂っている思考のエネルギーのどれを使うという選択をした結果なのです。

私たちが自分独自の考えだと思っていることであっても、本当はどこからともなく飛来してきた思考を選んだ結果だったということです。

だから今何を考えているかというのは、どの思考を捕まえたのかということを意味するのです。そこにやってきていない思考を使うことはできません。

もしもこうした思考の選択をはっきり自覚することができるようになるなら、もう思考の奴隷でいる必要はなくなります。

そしてもう一つの選択として、どんな思考も選択しないという選択の自由もあるのです。それはまるで、ラジオの電源を切っている状態です。

空間を飛び回っている電波にチューニングを合わせることで、つまり電波を選択することで望みのラジオ番組を聞くことができますね。

電源を切るということは、どんな電波も拾わなくするということ。飛んできた思考のエネルギーをどれ一つとして選択しないでいるということ。

そんな生き方ができるなら、あなたはあらゆるストーリーから解放された状態になるはずです。そして、思考はエゴの餌なので、あなたのエゴは消え失せてしまうでしょう。

それを思考で想像することは不可能なことですね。

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