不安も安心もなくただ在る

未来のことを思い悩んで、不安の中に入ってしまうということは、程度の差こそあるものの誰でも少なからず経験していることですね。

その不安を安心に変えたいという強い欲望のために、大切な現在を破壊してしまうということに、もっとはっきりと気づく必要があるのです。

現在というのは、唯一の生が在る場所なのですが、思考の中にしか存在しない未来へとエネルギーを費やしてしまうのですから、どれだけ損をしていることか。

その思考は大抵が堂々巡りを続けるだけで、どこへも導いてはくれないのです。そうやって、貴重な現在という奇跡を見失ってしまうということです。

感覚を繊細な状態のままに保つことができれば、肉体と感覚を持って、この生を生きているというのは本当に奇跡的なことだと感じるはず。

その時思考は緩慢になっていて、過去も未来もマインドに入って来る余地がないのです。その奇跡の中で思う存分、生の面白さを味わえばいいのです。

ところが、未来への思考に翻弄されてしまえば、神の恵みである現在を台無しにしてしまうことになるのです。清々しい現在があるからこそ、それがいずれは未来にももたらされるのです。

未来への安心のために、現在を犠牲にしているという自覚があるなら、人生を棒に振ってしまうことになる可能性大です。

生とは根本的には不確定なものであり、それに対して安心を求めるのなら、決して不安から脱出することはできません。不安は不安のままにしておく勇気を持つこと。

不安から逃げずに、さりとてそれと闘わずにいることができれば、それまで気づけなかった現在という奇跡が周りに充満していたことを悟るのです。

不安も安心もないところにただ在る自己を発見できるはず!

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