osho の本を味わう

私は毎朝、osho の本を読むのが日課となっています。とは言うものの、義務で読んでいるわけではないので、勿論読まない日もあります。

ただ好きで読んでいるだけですから、同じことを誰かに勧めようとは殊更思っていません。個人的には、読んでいて楽しいし、嬉しいし、愉快だし、とても気持ちいいのです。

新しい何かを学ぶということでは毛頭ないし、彼の流れるような言い回しをちょっとうざい(笑)と感じるときもあるけれど、それも含めて読んでいるだけで意識が明確になるのです。

osho の本を読んでいて、もっとも大切だと感じることは、彼が何を言っているかではなくて、何を言わんとしているかを聴くようにしているということ。

この二つのことは、似ているようでいて全く違うことです。発せられた言葉をそのまま理解しようとせずに、行間を味わうということです。

論理的な理解の仕方をしようとすれば、必ず彼を疑う羽目になるでしょうね。彼に論理は通用しません。なぜなら、彼そのものが真理であるからです。

真理とは、我々の思考ごときが取り扱う論理を遥かに超越しているのです。だから、真理(存在)はどこまでも神秘なのですね。

そしてどうにもこうにも、他の誰かの本を読むことがとても難しくなってしまいました。単に読む気がしないというだけでなく、頭が回らないのです。読んでいてもすぐに疲れてしまう。

osho の本は、きっと読んでいるのではなく、ただ彼を味わっているだけなのかもしれません。

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