魂はないが輪廻はある

最近、過去生を見てみたいと言われるクライアントさんが増えてきた感じがします。また、輪廻転生って本当にあるんですか?という質問をぶつけられることも時々あります。

私自身のささやかな体験を思い出すと、転生するような実体としての魂のようなものはないと断言できるのです。あの自分はいないという体験は、非常に明確で疑う余地のないものだったから。

個人というものがないのに、その個別性の核となるような魂のようなものがあるはずがないのです。それなのに、一方では輪廻はあるというしかありません。

それは数多くのクライアントさんとのセッションを通して、動かし難いものであると感じているからです。私自身もかつて、催眠療法の中でいくつかの過去生を見たことがあるのです。

魂はないけれど輪廻というものはある。この一見矛盾することを理解するためには、少し発想を変えてみる必要があるのです。

ドミノ倒しってありますよね、テレビでも時々やっています。タレントさんとかが時間をかけて何万個ものドミノを立てておいて、一気に倒すあれです。

隣り合ったドミノが順番に倒れていくだけなのに、なぜか私たちはそれをみて、何かが進んでいるかのような錯覚を起こすわけです。

あれは、何か実体のあるものが移動しているのではなく、エネルギーの伝搬をドミノを使って視覚化しているということです。輪廻もあれと同じようなもの。

輪廻転生する実体としての魂があるのではなく、惨めさや欲望といった生きていた人々のマインドのエネルギーが伝搬していくということです。

そのエネルギーには思考が集めた記憶情報も含まれているため、そのエネルギーが伝搬した先の受精卵が成長すれば、その人の記憶となって思い出すことがあり得るのです。

それこそがその人が見る過去生というわけです。いずれにしても、個人としての自分はある実体を持った存在だと信じていると、魂のようなものの存在があると都合がいいわけですね。

残念ですが、あなたも魂もどちらも実体はありません。欲望などのマインドのエネルギーそのものが、ただ伝搬するだけなのですね。

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