生と死の円環

生きるということは、誰にとっても同じように不安なことの連続なのです。なぜなら、完全に決定しているようなことがないからです。

未来に向けて何をどう頑張ったところで、自分が望むような安心を永遠のものにすることなどできないのです。生とはそれほどまでに不確定なことばかりです。

だから不安がやってきても仕方のないことですね。そして、更に言えば誰の人生にも唯一確実なものがあるのですが、それが死ぬということ。

いずれは死がやってくることだけが、私たちに共通の決定事項なわけです。そのことをよくよく見つめ直してみると、相当に的外れなことをやっていることに気づくかもしれません。

と言うのも、不確実であることをできるだけ確実なものにしようと頑張る一方で、100%確実な死についてはなるべくそれを見ないようにしているのですから。

これはおかなしなことをしていると言うしかありません。それが人生でしていることだとするなら、ちょうど自然と正反対のことをしていることになってしまいます。

自然に逆らって生きれば、当り前ですが不自然な疲労が心身を襲うことになるはずです。どこかで自然で素直な生き方へとチェンジしなければならないということです。

不確実なことは不確実なこととして、それをそのまま受け容れること。何とかしてそれを安心に変えようとするのをやめてしまうことです。

一方で、絶対的に確実なことである自分の死については、真向から見つめてみることです。逃れられないものから逃れようとすれば、そこに恐怖がやってくるのです。

死を不吉なものとして捉える代わりに、生の一部として見直すこと。生と死は互いにコインの表と裏のような関係にあるからです。

生まれた瞬間に、死に向かって突き進んでいるという事実。死んだ瞬間に、新しい生への第一歩を踏み出すということです。この生と死の円環を見守っているのが、不死である本当のあなただということです。

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