代用品では満足しない

私たちは気が付くと、友達を欲しがるようになり、成長すると恋人を欲しがるようになり、そして家族を欲しがるようになるのです。

学校に所属して、会社に所属して、それ以外でもどこかの組織に所属したくなるのです。とにかく単独で生きようとはしないのです。

独りではとても人生を生きるには辛すぎる。誰かと、何かと繋がっていなければ不安に苛まれてしまうということを知っているのです。

こうした繋がりたい欲求の正体とは一体何なのでしょうか?このことを突き詰めていくと、誰もがエゴをでっち上げたことで全体と分離してしまったと感じていることが原因だと言えるのです。

つまり、エゴによって一人前の個人になれた(つもりでいる)ものの、その結果は残念なことにとてもじゃないけど恐怖と不満で絶望的になってしまったのです。

仕方なく、個人でいることはそのままにして、再度全体と繋がりたいという強烈な願望の代用品として、誰かと、何かと繋がっていたいという欲望が起きてきたと言うわけです。

私たちの世界でいうところの愛とは、所詮そのような代用品を求める偽りの愛だったということです。だからこそ、愛し合っていたもの同士が、憎しみ合うことになったりするのです。

このようなことに気づき、この世界の中に代わりを求めて人生を浪費することをやめるという決断をする必要があるのではないかと思うのです。

私たちが本当に求めてやまないもの、それは全体性との繋がりであり、実はその繋がりは決して切れてはいなかったというありがたい真実に気づくこと。

逆にエゴの方こそが幻想だったという、これまたありがたい真実についても見抜けるようにしたいものですね。

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