身体という牢獄?

私たちは、肉体に閉じ込められています。自分の身体という牢獄の中に入りこんで、そこから抜け出すことができなくなっているのです。

それなのに、そのように感じながら生きている人は少ないのではないでしょうか?なぜなら、私たちは自分が行きたいところに、身体が連れて行ってくれるからです。

もしも、身体の一部が例えば家の柱にでも結び付けられていたなら、その場合には閉じ込められてる感が起きてくるはずなのです。

身体ごと移動することができるからこそ、身体を牢獄のようには感じないということなのです。そしてもう一つは、身体と自己同化してしまっているということ。

自分が身体の内部にいるというよりも、身体自体が自分の一部のように思っているからこそ、やはりそれを牢獄とはみなさないわけですね。

身体との同化を見抜いたとしても、やはり身体の外へは通常出れないのですから、そこはとても不自由なのです。その不自由さを感じてみて下さい。

と言っても、身体は決して悪者ではありません。それどころか、身体という神秘を体験させてもらっているということに驚くことができるなら、そこには感謝しか残りません。

結局、その不自由さは身体からやってくるのではなく、自我からくるものだと気づけばいいのです。自我、つまりマインドとの自己同化こそが本質的な不自由さの張本人だということ。

身体を牢獄と感じるところまできて、初めてそれがマインドによるものだと気づいたときに、やっぱりどうしてもこの現実という夢から目覚めたいと、今日もそう思うのでした。流れとしては、

身体が牢獄とは感じない → 身体との同化をはずす → 身体が牢獄と感じる → マインドとの同化をはずす → きっと自由と不自由が消滅する…

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