「そんなの知ってる」は危険

私たちのエゴは、物事を知らないよりも知っている方が気持ちがいいのです。知らないということは不安だし、否定的に見られる危険もあるからです。

だからエゴは、知っていることで安心できるのです。そして、知っているということは、もうこれ以上それについて教えを乞う必要はないと判断するのです。

分からないし、知らないから教えて欲しいと願うのは、場合によってはエゴは屈辱的な気持ちになることもあるかもしれません。

けれども、知っているとひとたび思ってしまえば、聞く耳を持つことも難しくなってしまうのです。もう自分は知っているので、それについては聞きたくないと…。

こうなると、非常に気づきの少ない人生になってしまう可能性大ですね。一般常識的な知識、あるいは標準的な社会通念のようなものを妄信して、人生を終えることになるのです。

知っているということの上にあぐらをかいて生きている人には、どんな成長も見込むことができないのです。その一方で、自分は少しは知っているけど、もっと深く知りたい。

あるいは、知っているつもりになっているけれど、本当のところはどうか分からないので、自分の知識を脇に置いたうえで、話しを聴きたい。

こうした態度で聞く耳を持っている人だけが、いつでも新しい気づきを得るチャンスを与えられるのです。それを、謙虚というのかどうかは定かではないですが…。

本当は何も知らないというのが真実です。人生という物語から抜けた瞬間、あらゆる知識はまったく使い物にならなくなるのです。知らないということは、何と清々しく素晴らしいことなんでしょう!

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