すべてはマインドの成せるワザ

瞑想をするようになった人が、陥りやすい罠があるのです。それをエゴトリップといってもいいかもしれません。つまりは、マインドが引き起こすことなのです。

瞑想中に起きることが、すべてまやかしだと言っているのではありません。実際に、たとえば身体が浮くような感覚になる人もいるかもしれません。

あるいは、性的に抑圧されてきた人は、セックスセンターが開いてある種の性的な興奮を感じることもあるかもしれません。それなりにすべては理由があるのです。

キリスト教徒の人がイエスの存在を間近に感じたり、マリア様の姿を見てしまったりということも起きることもあるかもしれません。

仏教徒の人が瞑想中にブッダに遭うことがあっても不思議ではありません。こうしたことは、すべて意識下での思考が一時的に表面化したものです。

つまり、何であれ自分のマインドの働きによって起きてくるものだと気づけばいいのです。そうすれば、間違った認識や期待をせずに済むのです。

瞑想中の体験を特別視することで、エゴは当然のことながら強化されてしまいます。自分に起きたことをそのままに受け止めておけばいいだけです。

何も特別なことはないということ。マインドはどんなすき間にも入り込んで、エゴの餌になるネタを作ろうとするので、そのことに気づいておくだけでいいのです。

瞑想中の体験をただ独りで楽しみ、それをそのままにしておくこと。それを期待することなく、ただ見ているだけになればいいのですね。

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