役立たずの勧め

昨日のブログで、誰もが自分の惨めだという思いと戦っているということを書きました。惨めさから逃れるために、人間は様々な防衛法を編み出してきたのです。

その中でも、相当にしつこくてなかなかそこから抜け出せないものに、「人の役に立つ」というのがあります。役に立つ自分になるという手法です。

私はこれを昔から、「役に立ちたい症候群」と呼んで、注意を呼びかけてきました。そういうクライアントさんがいらしたら、役立たずになって下さいとお願いします。

冷静に考えれば分かることですが、役に立つというのは誰かにとって便利な存在になるということであって、そこに愛があるかどうかは分かりません。

誰もが欲しがっている愛は、相手が役に立つかどうかとは無縁なのです。役に立つかどうかなど、眼中にありません。それが愛なのです。

けれども、役に立ちたい人の心はかなり必死なので、そんなことには気づかずに、役に立つことができるならとばかりに、頑張ってしまうのです。

問題は、そのときに必ず発生してしまう重度の自己犠牲。その自己犠牲のために、いずれはウツ症状が顕われたり、あらゆる問題行動を起こすようになるのです。

エゴが小さくなれば、役に立ちたいという思いは一掃されてしまいます。その代わりに、慈悲の心がやってきます。そこにはどんな自己犠牲も存在しないのです。

100歩譲って、本当に役立ちたいのであれば、死ぬまでに自分のエネルギーを気持ちのいいものにしておくことです。なぜなら、死んだ後にそのエネルギーはこの世界に留まるからです。

それが人類の未来に影響を及ぼすのです。苦しい人生を生きて死ぬと、その苦しみの波動が人類に悪影響を及ぼすことになるのです。これは人迷惑です。

逆に清々しいエネルギーで死ねば、そのエネルギーが地球を覆い、人類に貢献することになるのですね。

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