人生は手段であると同時に目的でもある

私たちは、人生に目的を持てと教わるのです。無目的に、その日暮らしのようにして生きるのではなく、目標、目的を達成するために今日をしっかり生きなさいと教わるのです。

そのせいで、いつも未来のどこかで自分の希望する目標を達成するのだと考えているのです。それが明確になっていようが曖昧であろうが同じこと。

何が同じかと言うと、人生そのものが目的だという最も大切なことを忘れてしまっているということです。セッションでもいつもお伝えしていることの一つに以下のことがあります。

手段と目的が一つであるとき、その原動力は愛であり、手段と目的が別々であるなら、その原動力は不安や恐怖、つまり自己防衛であるということ。

だから、人生に目的や目標を持つということは、何となく正しいことのように感じるかもしれませんが、その生き方には愛がないということなのです。

逆に、生きるという手段それ自体が目的であるときにのみ、愛が溢れることになるということ。だから、表面的に目的や目標があったとしてもいいのです。

本質的には、生まれて生きて死ぬこと、それ自体がそもそも目的であればいいのです。そこにはどんな難しさもありません。これほどシンプルな生き方もないのです。

今日生きることが、未来に想定される何かを達成するためだとしたら、そこには自己防衛しかないということに気づくことですね。

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