一笑に付すのは勿体ない

osho は問いかけます。

『自分のプロセスを見守ってごらん。そうすれば、感じられるだろう。

今日、お腹が空いたら、ただ見守ることだ。

お腹を空かせた人がほんとうにいるのか、

それとも空腹がただあるだけなのか?』

 

最初は、え?っと思うかもしれませんが、これは放ってはおけません。実際に検証してみる価値があると私には思えるのです。

そして、ただじっとして身体を動かさずに、身体からやってくる様々な感覚を感じていると、空腹に限らずただ何等かの感覚がそこにあるだけだと気づくのです。

けれども、私の場合は身体を動かしてしまうと、その感覚を感じている自分が身体の中にいるという根強い思いがやってきてしまうのです。

これは、根強いとはいえ、単なる思いグセなのですね。ということは、osho が言うように、そこにただ感覚があるというのが、どうも真実のようです。

問いかけられたことを、バカバカしいと一笑に付すのは簡単ですが、それではせっかくの気づきのチャンスを棒に振ることになるかもしれません。

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