今ここでただ起きているだけ

私は昔から物事を分析するのが好きなのです。起きているあらゆることを、すべて何等かの原因に対する結果として見るというクセがあるのです。

原因を究明すれば、おのずとどうしてそうなったのかという結果が解明されて気持ちがいいのです。こうしたクセは今でも健在です。

そして、セラピストの仕事をするようになってからは、目には見えない人間の内面の働きに対しても、同様の分析、究明をするようになったのです。

このことは、心の癒しという観点からみて、非常に役立つものであることは明らかなのですが、その一方でどんな論理も役に立たないという見方もするようになったのです。

つまり、原因があって結果が起きるという見方は、物語の中でのみ通用するものだという視点が生まれたのです。ひとたび物語から抜けてしまうと、論理には何の力もなくなってしまうのです。

「今ここでただ起きているだけ」という、非常にシンプルな表現一つで終わってしまうのです。そこには、何で?とか、どうして?といった理由を求めることがないのです。

これを徹底てしてやっていくと、いずれは「誰が」という主体が消えて行くのです。ナニモノも意志を持っているわけではないし、どんな目的も消えて行くのです。

ただ起きつつある…、時間も空間も、勿論言葉も消えて行くのでしょう。

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