全体性の神秘に酔いしれる

何となくですが、スピリチュアルな言い方をすれば、去年の秋くらいからやってきている変化のエネルギーが、更に今月になってより大きくなってやってきているという感じがします。

こうしたことは、私が感じる限りは何年かに一度は大なり小なり起きていて、それに従って人生という物語が進んで行くのですね。

自分はただそうした変化を感じつつ、それがどうなっていくのか、どのような物語を紡いで行くのかを静観している感じなのです。

なぜならこれといって自分にできることもない気がするし、どうしていきたいという願望も特別持っているわけでもないからです。

何か嬉しいことがやってきたら、それをただ楽しめばいいだけだし、悲しい出来事や都合の悪い出来事がやってきたら、それを味わっていればいいのです。

自分にできることはこれ以外にはないとはっきり分かっているので、どんな物語であろうと自分の中心からそれを見ていられればOKなのですね。

それすらできなくなったら、いつかはそのことを思い出すだろうと分かっているので、また物語を見る自分に戻ればいいだけです。

すべてはうまく推移しているのです。うまく行っていないことも全部含めて、すべてOKなのです。思考を使って疑問を持ち出す代わりに、全体性の神秘に酔いしれていればいいのですね。

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