客観的事実を直接知る術はない

自分自身の存在に深く入っていった者たちは、

完全な静寂を知るに至った。

誰ひとりそこには見あたらない。

そして、そこに誰もいないことに気づくこと。

それはもっとも偉大な自覚だ。

そうなったら、問題はすべて消える。

なぜなら、問題を創りだす者が消滅したからだ。

by osho

 

誰もいないことに気づく、というのは言葉の上の表現に過ぎず、単に自分がいるとかいないという思考が消えてしまうということです。

誰もが持っている、この「自分がここにいる」という感覚は、長い間の思考が作り出しているものなので、それを消そうとする必要はありません。

ただそういう気がしている、ということに気づくだけでいいのです。そういう気がすることと、客観的事実は違うと気づくこと。

そもそも客観的事実というものを、私たちは直接的に知ることはできないのです。常に知覚を通して知るわけですから。

こうしたことが、自分の奥深くに入っていく前の準備として理解できていると、瞑想がスムーズかもしれませんね。

もしも何をいっているのか分からなくても、別に問題はありません。真理はそんなこととは無関係にただ在るのですから。

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