ただ真実だけが在る

愛と恐怖だったら、私たちは愛を好みます。光と闇だったら、光の方を好みますね。それはきっと、恐怖よりは愛、闇よりは光こそが実在だとどこかで知っているからです。

愛の欠如が恐怖を作り出し、光の欠如が闇を生み出すのですから。それなのに、恐怖や闇と親しい人生を生きている人が私も含めてたくさんいます。

また受容性の欠如が欲望を作り出すのです。そして欲望こそが、人生を生きる原動力になってしまっているのです。

だから受容性こそが真に満たされるために必要なものだと理解できても、それが人生のど真ん中になることが難しいのですね。

更に言えば、全体性の欠如が個別性を生み出すのです。真実は全体性なので、個別性(分離)という概念は作り物です。

つまり「私」という個人というのは本当は存在しないということですね。これで分かったと思うのですが…。

私たちが自分だと信じている自我という個人は、まがい物だからこそ、同類である恐怖、闇、欲望を選んでしまうということです。

けれども安心してください。偽物はどこまでいっても偽物なので、在るように見えるだけで存在しないのですから。

真実に気づいたとき、恐怖は消え、闇も消え、欲望も個人も全て一瞬にして消滅してしまいます。たとえ気づかなくても、真実だけがただあり続けるのですから。

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