本質への信頼を育てる

子供の頃の記憶ですが、何かが欲しいとなったら物凄く欲しがる子供だったようで、親は面倒臭かったでしょうね。

たとえば覚えているのですが、自転車が欲しいとなったらずっとそれを思っていて、夜寝るときには必ず自転車のカタログを眺めてから寝るのです。

流石にそれをずっと続けているのを見ている親が、若干不憫に思ってくれて仕方ないので買ってあげようかという気になるのです。

そうやってどうにかこうにかして、最終的には欲しいものを手に入れるわけです。その傾向は大人になっても残っているようで。

自分のこれまでの人生を思い返してみると、なんだかんだで欲しいものは手に入れてきたように思うのです。

ところがこの仕事をするようになって、どうやら欲しいものが手に入ったところで幸せにはなれないということに、気づいてしまったのです。

満足している期間が非常に短くなってしまって、そのあとは特別変わったこともなく、しばらくするとまた欲しいものがやってくるのを繰り返すだけ。

こうなると、私の自我はだいぶ追い詰められた状態になってきています。期待することができなくて、要するに絶望するしか残っていないのです。

あとできることといえば、自我の奥に潜んでいる自分の本質への信頼を大きく育てていくということなのかも知れませんね。

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