自分を解放するモットー

子供の頃からいろいろなモットーを持っていたように記憶しています。それは自ら頑張って作るというようなものではなく、気がついたら何となくあったという程度。

その多くは、自分を不自由にしているものから自分を解放するのが概ねの目的だったように思います。

例えば、「正義の味方を引退する」というのは、勝手に正義の味方をやっていたことに気づいて、それをただやめようと思っただけのこと。

でもそれを自分の中で明確にする必要があったのでしょうね。ずっとやってきたことって、はっきりさせないとまたすぐに戻ってしまう傾向にあるからです。

もう少し大人になると、「かわいそうに負けない」というのを作りました。これは自分の中では結構画期的でした。

要するに、かわいそうな人、大変そうな人、申し訳ないと感じてしまうことにやられないようにしたのです。はっきりと、「ノー」を言うということ。

別の言葉で言えば、罪悪感なんかには負けないということ。その後は、「義理を欠いて生きる」というモットーもありました。

義理と人情を握りしめてしまうと、不自由さがつきまとうことに気づいたからでしょうね。

あるいは、「いい人をやめる」とか、「何でもあり」、最近では、「少しぐらい傷ついてもいい」というのもありますね。

決定的なものとして、「正しさをドブに捨てる」というのもあります。正しさを優先して生きると、自己犠牲が大きくなるからです。

皆さんは、どんなモットーを持っていますか?自分を解放して、自由になれるようなモットーを沢山持つといいと思いますね。

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