この生の唯一の目的は、自分の本質に気づくこと。自我は実在しないと気づくこと。これに尽きると思っています。
そうした気づきを得るまでには、何層もの邪魔が入るのですが、それはこれまでに培ってきた知識や常識がブレーキとなるからです。
自我を自分と同一視してしまった人生しか知らないので、本当の自分などと言われたところで、何を戯けたことを言ってるんだと取り合おうとしないのです。
けれども、個人としての自分がいるという感覚は確かにあるけれど、どうもそれはおかしいなという感覚も感じてしまっている人もいるのです。
そういう人は、その疑いを大切にするのです。なぜなら、何かがおかしいということの原因を突き止めたいからですね。
自我は実在しない、つまり個人というのは存在しない。この世界、この宇宙であらゆることが起きているけれど、それは唯一の全体の仕業だということ。
だから個人として生きているつもりになっているあなたには、どんな責任もどんな罪も何もありはしないのです。
何も正しいものなどないし、何も間違いということもないのです。私たちを通して、全体がことを起こし続けているということ。
それが腑に落ちたら、これまで感じたことのない開放感を得られるはずです。全部全体にお任せでいいんだと。お任せする自分もいないのですけどね…。