マインドというのは、いつでも自分に都合のいいことばかりが起きて欲しいと願っているのです。
それがマインドの根本的な問題なのです。普通に考えれば、いやなことが起きて欲しくないというのは当然のことですが、残念ながらマインドの生きている場所は、二元性の世界なのです。
二元性ということは、都合のいいことが起きれば、必ずその分だけ都合の悪いことが起きることになっているのです。
快楽を求めれば不快がやってくるし、幸せを求めれば不幸が同じ量だけやってくるのです。これが二元性の原理です。
二元性というのは思考が作ったものであって、実在するものではありません。実在は常に非二元だからです。
この原理に気づき、これを逆手に取って生きる方法があります。それは、都合のいいことをあまり求めない生き方です。
都合のいいことにそれほど関心がなければ、都合の悪いこともそれほど起きなくなっていくのです。それが二元性のバランスです。
どれかを選択するということから離れることができるなら、やってくることをそのままに受け入れるようになるのです。
その結果、思考は緩んでいい悪いどころか、好き嫌いすら薄れてしまうのですね。それこそが究極の生き方であり、二元性から非二元へと戻っていくことになるのです。
いやなこともいいことも自分の都合に合わせることが出来なくて、その経験が人を成長させたりするなどと思うのは、マインドにからめとられているに過ぎないですか?
幸せも不幸も感じつくしてやっと、おっしゃっているような境地に立てるのではないかと思うのですが。
まだまだ
覚醒にはほど遠いためか、そんな風に感じるのですが。。。
いいこと=都合がいい、という意味合いで書いています。人が成長すると、生き方がシンプルになっていくので、そこを見ていれば自分の成長度が分かりますね。