昨日のブログでは、人間というのは実在するものよりも仮想的なものに対して強くエネルギーを注ぎ込んでいるというお話しをしました。
もう少しその続きを書きたいと思います。私たちが暮らしている社会というのも、もちろん仮想的なものです。どこにも社会という実在はありません。
けれどもみんなで一斉に社会という仕組み、ルールなどを思考の中で共有しているので、実在しているように感じるのです。
社会の中で逞しく生きるには、その仕組みやルールを学んで、たとえばその中で価値があると認めてもらえる人物になる必要があるのです。
価値にはさまざまなものがありますが、希少価値というのはとても人間らしい感じがします。数が圧倒的に少なければ、ただそれだけで価値を持つのですから。
100メートルを9秒台で走れる人は世界中で100人といないでしょうから、それだけで価値ある人になれるのです。
ダイアモンドが高価なのは、それが美しいからでも飛び抜けて硬いからでもありません。地球上では希少だからですね。
逆にコンピュータなどに使われる半導体はケイ素を使うのですが、なくてはならない大切な元素ですが、そこらじゅうで採掘できるので安価なのです。
社会の中で活躍することは勿論悪いことでも良いことでもありませんが、それだけが人生ではありません。
思考が生み出したあらゆる価値に捉われることなく、自由にそして自然に生きることもできるのです。
社会から逃げることなく、社会の中にいてなおかつ社会に染まらずに、悠々とした生き方ができたら素晴らしいと思いませんか?