今日もシンプルに…
自分がいるという思いと
自分がいるという事実とは
決定的に異なるということを
受け容れることです
以上
今日もシンプルに…
自分がいるという思いと
自分がいるという事実とは
決定的に異なるということを
受け容れることです
以上
今日もシンプルに…
人は多くの時間をマインドの中で過ごしています
マインドからハートへと遷移させて
更にハートから自己のセンターへと向かうなら
そこには完全な静寂だけが在るのです
以上
今日もシンプルに…
人に自覚のないことを指摘されたときに
どう対応するかで
マインドの力量が試される
以上
今日もシンプルに…
人は誰もが自分は惨めじゃないということを
証明するために頑張っているのです
なぜなら
心の奥で惨めだという思いを
握りしめているからです
以上
今日もシンプルに…
世の中には
やらねばならないことは
ひとつもないし
やってはいけないことも
ひとつもない
ただやりたいか、やりたくないことが
あるだけ
以上
今日もシンプルに…
罪悪感から逃げなくなるだけで
あなたの人生を180度
変えることができる!
以上
人が何かに異常に反応するとしたら、それはその人の心の中にそのような激しい反応をさせるだけの何らかの傷があるということです。それをエネルギーと言ってもいいかもしれません。
たとえば、幼い子供が子供同士で遊んでいるときのように、「ば~か!」のような言葉を何の悪気もなく父親に言ったとして、父親が突然激怒したとするなら、その父親の内面に何かが隠されているということです。
それはもしかしたら、彼自身が幼い頃に親などから否定的な言葉で傷つけられた過去があったのかもしれません。そういった過去の傷が自己防衛として強い反応を起こすのです。
あるいは、男性が女性のセクシーなヌード写真などを見ているのを発見して、その男性の彼女が激怒したとしたなら、それは彼女の内面に、自分がないがしろにされたという傷を抱えているかもしれません。
子供の頃に、親などから自分が大切にされていないと思っていたとしたら、それは大きな痛手として残っているのです。その古傷が疼くと、激怒となって現れるのです。
こうした傷というのは、あくまでも本人が感じたものであって、事実として何があったかということとは違うので、過去の事実だけを淡々と思い出しても、思い当たることがあるとは限りません。
もしもあなたやあなたの周りの人が、日常的ではないような反応をするということがあるなら、自分の力を過信することなく、専門家のところでセラピーを受けることをお勧めします。
それは、人生をより清々しいものへと変えて行く大きなきっかけとなる可能性が充分にあるからです。
脳神経科学の分野において、これまでに多くの実験が行われてきたのですが、その中でも特別に不可思議なものがあるのですが、今日は珍しくその話をしたくなりました。
その実験というのは、何かを決断するときに、本人の自覚から遡って、0.4秒前に脳の中に決意信号が発生するという結果が出てしまったというものです。
簡単に言えば、自分がこの瞬間に決意したと思ったその時点よりも、0.4秒前に脳の中で決意に対応する脳波が確実に立ち上がるということが分かっているということです。
これはとんでもない結果が出てしまったわけで、神経の伝達スピードからすれば、0.4秒というのはあまりにも長い時間のズレが生じているからです。
結局、私たちが今この時点で決意したと自覚したとしても、それよりも(神経的には)遥か前に決意を起こす信号が発生していたということです。
その信号が一体どこからくるのかということは、依然として分かっていませんが、意思とは全く異なる何かによって決意が起こされるということを認めざるを得ないのです。
そう、私たち人間には自由意志がないということ!これは、もう脳神経科学の分野では常識になっているらしいですね。認めたくはないかもしれませんが…。
あなたが毎日何十何百と行っている選択、どれを選択するかということに自由はないということです。予め与えられた決意を脳が受け取って、更に0.4秒かけて自分がそれを選択したという自覚になるだけなのです。
自由意志がないのなら、私たちの存在って一体何なのでしょう?ちょっと考えれば、認めたくない結果が出て来るはずです。
ずばり、あなたという個人は元々いないということです!
今日もシンプルに…
どんな成果をあげても
何を手に入れても
満たされることはない
真に満たされるのは
満たされたいというあなたが
消えたとき
以上
今日もシンプルに…
真の探究とは
理解しようとする代わりに
愛を持って放っておくこと
以上