好みのやり方を見つける

この世界の法則として誰もが知っていることですが、それは必要とされるものが発展し、不必要となったものは消滅するということです。

スマホが広まったおかげで公衆電話がすっかり影を潜めてしまったように、これは当たり前の現象ですね。

芸能界でも似たようなことが起きます。人気絶頂の時には、そのタレントさんは大活躍しますが、人気に翳りが出てくると活躍の場が消えていくのです。

自然の摂理とも言えますね。こうしたことは私たちの自我についても言えるのです。自我の活躍の場が与えられているうちは、自我はエネルギッシュに生きるのです。

戦いや防衛といった自我の真骨頂である活躍の場が用意されている間は、自我は安泰なのです。

一方で自我にはその能力のない分野が日常に取り入れられると、自我は活躍の場を失い、次第に衰退していくことになるのです。

たとえば瞑想や座禅によって、思考から離れていくこと。あるいは、受容性をどこまでも広げていくこと。

受容性を極限まで追求して、完全なる明け渡しの領域まで進んでしまうと、もう自我は働く場が無くなって息絶えてしまうのです。

もちろん自我は、そんなことになる前にあらゆる手を打って自我の存続を果たそうと猛烈な抵抗をしてきますので、自我が消えていくことはまずないでしょう。

私の好みのやり方は、自我をずっと見続けるという方法です。黙ってただ見守ることで、自我にエネルギーが行かなくなっていく感じがします。

それとこの方法は、何か修行っぽくなくて、いつでもどこでも実践できるお手軽感がいいなと思っています。

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