セッションや講座で、この手放すという言葉をよく使います。ぎゅっと握り締めている手を緩めて、手を放すという動作を意味しますが、精神的な意味で使えば握り締めている執着を取るということですね。
私達は何かに執着して、それにすがりついていると一時の安心を得ることができるのですが、裏を返すともしそれにすがりつけなくなったら大変なことになると分かっているのです。
だからこその執着心なわけです。従ってそれは恐れの感情がベースになっているということが分かります。
愛着という言葉がありますが、それはこの執着心をうまく修飾してオブラートに包んだ表現に変えているだけで、言ってみれば程度の軽い執着であるとも表現できます。
ではなぜ癒しにおいて、この手放すということがとても重要なことになるのかというと、それは執着し続けようとすることで大変な自己犠牲を払ってしまうからです。
あの人に絶対に捨てられたくないというしがみつきが、相手のいいなりになったりお金を貢いだりするようなことになったりするわけです。
従って執着を手放せばおのずとそうした犠牲を背負わなくて済むようになるのです。しかし、元々どうしてもそれが必要と思っているものを手放すのは至難の技ですね。
つまり、手放すためには執着する原因を突き止める必要があるのです。もしも、その原因を知ることなく無理やり手放したとしても、それはまた次の執着のターゲットを探すことになってしまいます。
それでは何も解決したことにはなりませんね。 執着の根本原因を見出して、それを認めて味わって開放することがどうしても必要なのです。手放すとはそういうことです。