見捨てられる恐怖 その7

見捨てられる恐怖を味わいたくないがために、快不快だけで生きているような素の自分をないものにしようとします。

無邪気な自分、人の都合を考えずに自分の好き嫌いのままに生きようとする自分を危険因子とみなすわけです。

そんな自分の言う事を少しでも聞いてしまったら、必ず見捨てられて自分は暗黒の孤独の中に放り込まれて独りで死んでいくことになってしまいます。

そうならないように、その危険因子を心の中から抹殺しようとして、深くて暗いところへと押し込めてしまうのです。そこは光の当たらない真っ暗な海の底のような場所かもしれません。

沈めただけでは飽き足らず、手足を鎖でがんじがらめにして文字通り身動きができないようにしてしまうのです。

その上で、自分の人生の目標を見捨てられないでいられることに置いて、こうするべき、こうしなければならない、というルールの中で生きていくことになるのです。

しばらくして、その危険因子を海の底に沈めたことなど忘れてしまい、表面的に見捨てられないように生きる自分こそが本当の自分だと自分を騙して生きていくのです。

しかし、そんな生き方がいつまでも何の問題もないまま続くわけがありません。隠したものは必ず何らかの形で暴露されることになるのが人生のおきてです。

本能のままのような自分の願いや思いがいずれは表面に上がってきて、今の自分の人生の邪魔をするようになっていきます。

その時に初めて、自分の人生は何かがおかしいと気づくことになるのです。それが心を癒していくきっかけになるのかもしれません。

自分の心に湧き上がってくるどんな感情や思いにも、しっかりと目を向けて拾い上げて受け止めてあげることです。そうすることで、隠された自分の本心に気づくことができます。

そしてそれを認めることで、犠牲を強いてきたそれまでの人生から、自分や人への愛で生きる新しい人生へと変えていくことができるのです。