自分はいないって、シンプルだなあ

今日もシンプルに…

自分がいなくなるという、あの出来事が起きたことは

死ぬまで決して忘れることはできない

けれども、少しずつ記憶が曖昧になってきてる

あの時に、近くに誰かがいたら

どんなやりとりをしていたのか、気になる

残念なことに、それ以来あれが起きることは

なくなってしまったから…

以上

無と全体は同じもの

あるものを限りなく小さくしていくと、それは極小ということになりますね。一方、限りなく大きくしていくと、それは極大ということになります。

極小を言い換えれば無であり、極大は全体と表現することができますが、この互いに両極にあるものは、実は一つものなのです。

無も全体も、ともに大きさがなく、位置というものもなく、つまり見つけることは不可能なのです。それはあなたに対しても言えることなのです。

もしも、あなたが身体でもマインドでもないと気づいたとします。そうなったら、あなたはあなたがどこにいるのか分からなくなるはずです。

それは、あなたが無であり、全体だからです!

それがあなたの本質なのです。

自分の内面に全ての原因がある!

今日もシンプルに…

人が癒されていくときに

とても大切な岐路に立つときが来ます

それは、自分の身に不都合なことが起きたときに

それを自分以外の周りのせいにするのか

それとも、自分の奥深くにそれを惹きつける

何かがあったと気づくか

前者の場合に、それ以上癒されることはありません!

以上

状況記憶と感情記憶

催眠療法中に、具体的な何かを思い出すこともなく、ただただ感情だけを感じて下さるクライアントさんがいるのですが、これが理想的なのです。

記憶には、状況記憶と感情記憶とあって、残っていると問題になるのは感情記憶だけなのです。感情記憶は、塊りであり、エネルギーなのです。

そのネガティブなエネルギーが、後々の自分を苦しめる結果となってしまうのです。そして、感情を味わう時に、邪魔になるのが状況記憶なのです。

それは思考によって出来ているからです。状況記憶を思い出すということは、思考を働かせていることになるため、それはマインドの仕事なのです。

一方、感情を味わうのはハートであって、決してマインドにできることではないのです。マインドを使えば使うほど、ハートは閉じてしまうため、感情を充分に味わうことができなくなるのです。

状況記憶を使って、辛い過去を思い出すことができたなら、それとリンクしている感情記憶が上がってくるはずです。

それをそのまま味わうために、状況記憶を脇へ置いて見ないようにする必要があるということです。尤も、しっかり感情の中に入っていくなら、自動的に状況記憶は脇へ押しやられることになるのですけどね。

本当の満足とは?

今日もシンプルに…

誰もが自分の欲求が叶ったなら、満足すると信じています。

でもそれは本当ではありません。

満足とは、

”「自分は膨大なる全体の一部に過ぎない。だから全体に従う。自分は全体と闘わない」それが満足なのだ。”

って、osho が教えてくれています!

以上