一つの心

十分に自己愛を見出すことによって、私たちは自立した人生を送ることができるようになります。何よりもまず自分の心や身体を大切にして、自己犠牲を排除することによって快適な人生になるわけです。

しかし、個体としての個人が自立して他と明確に区別されるようにして存在するためには、相当に我が身を守り続けることが必要なのです。

そのためには、自分と他人の違いというものが是非とも必要となります。人はそれぞれの差異によって、比べることが可能となるからです。

本当のことを言うと、そうしたたゆまぬ努力、他人とは違うということに対する警戒を怠らないようにエネルギーを使わなければ、個の存在は怪しいものとなってしまうのです。

それは、例えば透明な水の中にさまざまな色のインクを一滴ずつ垂らすとすると、しばらくの後にすべてのインクの色が混ざり合って、水全体が一つの色に溶け合ってしまうことに似ています。

もしも、そうさせずにおこうとしたら、つまり一つの色のインクが他の色のインクと混ざらないようにするためには、それ相当の仕組みを用意しなければなりません。

インクごとの比重を変えるとか、インクとインクの間に油のような溶け合わない層を作っておくとか、それは大変なことですね。

沢山の色のインクが、一つの水槽の中で互いに交じり合わずに固まりのまま、互いに別々の場所を占有しているさまを想像してみてください。

なかなか綺麗なものを想像できるかもしれませんが、その裏には巧妙な仕掛けがあるということです。私たち人間についても全く同じことがいえるのです。

個人としての自分が他と混ざらずに個として存続するためには、それぞれの違いを識別して、比較して、それを競争することで自分を防衛するという必要があるのです。

それが人類がずっと続けてきた戦争であるし、常に誰かを間違っていると裁こうとする思いであるとも言えるのです。

本当は、そうしたことを潔く手放してしまえば、すべてのインクが交じり合うように、私たちの心はたった一つだったということを思い出すことができるはずなのです。