思考に独自性はない

昨日のブログで、思考は外からやってくるということを書きました。要するに、これは自分の考えだといった独自性はまったくないということです。

そのことをベースに分かってくることがあります。人それぞれに、考え方の傾向のようなものがありますね。独自性がないのであれば、そうしたことはどう説明すればいいのでしょうか?

実は、やってくるあまたの思考エネルギーのうち、どれを取得してしまうのかというのは、その人がこれまでに取得してきた思考によって決まるのです。

たとえば、ネガティブな傾向の思考を多く溜め込んでしまった人は、その思考エネルギーが似たようなネガティブなエネルギーの思考を選別して取り込むということです。

エネルギーの共鳴、エネルギーは友を呼ぶということです。また取り込んできた思考の量が多ければ多いほど、取り込む吸引力も増大するのです。

そのため、考えてばかりいる人ほど、より多くの思考を更に取り込む傾向が強くなるわけです。このようにして、悪循環と好循環が生まれます。

瞑想的に生きることができれば、普段から思考を使わずに生きることができるので、外からやってきた思考を取り込みにくくもなるのです。

思考を取り込まないためには、ふと浮かんだ思考(=外から取り込んだ思考エネルギー)をただ見ているようにできるように練習することです。

osho の言葉を借りれば、あなたがその身体の主人であり、思考は外からやってきた客なのです。その客こそが「私」というエゴなのです。