信頼と罪悪感は反比例する

信頼とは、何かを信じたり信じなかったりすることとは、まったく異なる次元にあるものです。

「信頼する」というと動詞になりますが、信頼が在る状態のことをいうのではないかと思います。信じることは、何か特定のターゲットがあるのですが、信頼にはそうしたものはありません。

あるいは都合のいいことが起きたり、都合の悪いことが起きたりする、そのすべてをひっくるめたもの、<存在>そのものが信頼のターゲットなのかもしれません。

信頼が深くなってくると、物事の善悪や正不正に関心を持たなくなっていくのです。そのために、自分の言動を悔やんだりして罪悪感を持つことが減ってくるのです。

逆に言えば、罪悪感まみれのマインドというのは、存在に対する信頼が小さい状態であると言えるのです。

だからもしも100%の信頼があるのなら、罪悪感は消滅してしまうのです。どこかの宗教が、原罪などと言って、人は生まれながらに罪深いというなら、まったくもって信頼のない状態だと言わざるを得ません。

自分の内側をじっくり見てみると、信頼がどっしりとあるのか、その逆に罪悪感がずっしり横たわってるのか、気づくことができるはずです。

いずれにしても罪悪感を恐れる代わりに、信頼の方に意識を向け続けることをお勧めします。信頼が増えれば自然と罪悪感は小さくなっていくからです。