手間を惜しまない

大人になると、一度くらいバーに行ってお酒を飲むことがあるかもしれませんね。バーテンダーさんがシェーカーをカチャカチャ振ってカクテルなどを作ってくれます。

目の前で作りたてをグラスに注いでもらって飲むと、本当においしいなと感じるものです。それはあのバーテンダーさんの手間がかかっているからかもしれません。

それは自分でやっても経験することができます。冷やしたほうがおいしくなる飲み物を飲もうとするときには、グラスに氷とその飲み物を入れて100回まわすのです。

そうすると、本当においしく飲むことができます。試してみて下さい、本当ですから。それは、100回グルグルとまわすという手間がかかっているからです。

ちょっとした野菜炒めを作ろうとするときにも、肉を卵につけて片栗粉をまぶすというちょっとした手間をかけるだけで、とてもおいしい野菜炒めになります。

おいしい紅茶を飲もうと思ったら、ミルクや砂糖を混ぜるときにおいしくな~れと呪文を唱えながら少しばかりの手間をかけてあげるのです。そうすると、まろやかさが出てとてもおいしくなります。

手間というと、何となく面倒なことというイメージが付いて回りますが、実は気持ちをその作業をしているときに入れ込むということだと思うのです。

その気持ちや思いが、食べ物や飲み物を一味違ったものにしてくれるのでしょうね。手間というのは、時間と労力を必要とするのです。

それが逆に言うと、その人の相手を愛しいと思う気持ちに繋がるのではないかと思うのです。そうした与える気持ちが相手に届くのかもしれません。

そしてそれは必ず、自分にも帰ってきます。それは与えた分だけ嬉しい気持ちになって戻ってきてくれるのですから、病み付きになるかもしれません。

この年になるまで手間を省こうとする人生をずっと送ってきたと思いますが、それは結果として味気ない人生を作り出してしまったともいえます。

何事にも手間を惜しまずに、相手を思う気持ちをそこにやさしく映してあげることですね。それはきっと何とも言えない気持ちよさを受け取ることになるのですから。