生き甲斐なんていらない

若い頃から、自分は一体何を生き甲斐にして生きていったらいいのだろうと考えて、その答えが出ないままに生きていたのです。

時が経っていつかは生き甲斐が見つかるかもしれないと期待はするのですが、心のどこかでそんなものは一生見つかるはずがないと知っていたのです。

で、やっぱりそれは正しくて、この歳になっても生き甲斐などというものはどこにも見当たらないことは明白になったのです。

そもそもなぜ生き甲斐を必要とするのかというと、瞬間瞬間が充実していないからに違いないのですが、どうしたら充実感を味わえるかを追求することもありませんでした。

最近ようやくその周辺の秘密が分かってきたのです。それは、生き甲斐を見出そうともがくのは、今この瞬間にいないからだということ。

思考によって、過去と未来をいったりきたりしていて、目の前に今あるがままに展開している実在に意識を向けていないからだと気付きました。

思考は必ず、過去と現実を比較し、無いものを想像させ、未来への期待や欲望を生み出し続けるのです。思考こそが、生き甲斐を必要とさせるメカニズムだったわけです。

思考がなければ、生き甲斐は不要となるのです。生き甲斐は物語の中で絶望せずに生きていくための手段でしかなかったのですね。

自己の実在に100%意識を向ければ、その驚異と至福を知ることができるのです。それ以上何もいらないのです。