自我にはどんな力もない

子供の頃から何となく分かっていたことがあるのですが、それは自然でないものなどないということです。

自然でないように見えるものはもちろんたくさんあります。例えば人間が作った人工的なもの。

大自然の中には、人間の手無くしてはマンションは建たないでしょう。それは当然のことですが、実はその人間も自然の一部なのでマンションも自然の一部。

子供の時にこんなことが言いたかったわけではないのですが、母親から言われたことに反論があったのです。

それは、「◯◯ちゃんはえらいねぇ、努力家で…。」と言われると、なんだか自分と比較されたみたいで嫌だったのです。

それで、努力できる子は努力できるように生まれてきただけだと突っぱねたのを覚えています。そればかりか、環境の違いも大きいと分かっていました。

つまり、〇〇の遺伝子を持って生まれて、〇〇の環境で育てば、結果として◯◯な子供ができるということ。

これは至って自然であり、当然のことだと思っていたのです。生まれ持った才能もあるし、後天的に身につけた才能もあるけれど、いずれにしても本人は自然の法則の元で生きているだけ。

そのことを親に知らせたくて言い返していたのですが、決して伝わることはなかったですね。単純に、屁理屈だと思われていただけなのでしょうね。

今ならもっと明確に表現できます。自我も自然の一部であり、自我が自然から乖離して独自の力を持っていると感じるのは、大きな間違いだということです。

私たちの自我にはどんな力もあるわけがないのです。あらゆる力は自然界のものだからです。であれば、あなたにはどんな手柄もどんな罪もないということ。

だからもっともっと気楽に生きればいいのですね。