自分自身を覚えておく

osho は↑これを自己想起とか、自己留意と呼んだのですが、要するにずっと自分自身に意識を向けておくということです。

私たちの感覚器官というのは、外側に向けて働くようにできています。目にしても耳にしても、外部の事柄を対象にするようにできているのです。

だから放っておけば、外側で起きている事象を見るし、外側で起きている音を聞くわけです。動物を見ていれば、それが当然だと分かります。

けれども、目覚めた意識をほんの少しであろうと授かった人間は、他の動物とは違うのです。目覚めた状態の意識をどこへでも向けることができるのです。

意識を外側に向けることもできるけれども、同時に内側に向けておくことだって可能なのです。

外側では常に物語が進行しているのですが、内側ではそれとは一線を画す世界が広がっているのです。

その広がりを見ずして死んでゆくのなら、きっと人間として生まれてきた甲斐がないというものです。それなら動物でよかったのですから。

意識を内側に向けているように心がけること、そして忘れても忘れてもその度に思い出して、それを繰り返すのです。

内側の拡がりが無視できなくなってくるまで、忍耐強く続けていくことです。その結果、物語を見る側へとシフトしていくのですね。