欠乏感が自我の餌

自我のエネルギー源は「足りない」という思いなのです。このままでは満たされていないという欠乏感が必要なのです。

それが原動力となって欲望というものを生み出すのです。それは期待とか、夢などの耳に優しい言葉にもなりますが、欲望には違いありません。

その欲望が今ここではない未来のどこかへと移動させようとして、その時空が自我の生きる場所となるのです。

その逆に、今この瞬間が充分以上であるとき、求め得るものを超えていると思える時、満たされてどこにも移動することがなくなります。

その時に自我の居場所がなくなって、本当のリラックス状態になるのです。それが忘我の状態ですね。

けれどもしばらくすると窒息しそうになっていた自我がまたやってきて、何かまた不満となるものを見つけ出すのです。

そのようにして、望みを叶えようとしつつある時こそが自我の真骨頂なのです。万一望みが叶ってしまったなら、危険を察知して自我は瞬時に別の欲望を再スタートさせるのです。

これが人生で繰り返されている有様ですね。いやはやご苦労なことです!あなたは自我として生きているそうしたあなたを見守るだけでいいのです。